テラーノベル
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あさ、こやのそとの井戸ばたに、やわらかなひかりがすこしたまっていました。
まだつめたい空気のなかで、グルゥはいつものように桶をおろし、つるべのきしむ音を小さく鳴らします。けれど、その朝は、くみあげた水の音がどこか細くて、桶の底をたたくひびきも、ひかえめでした。
グルゥはもういちど、つるべをおろしました。
するすると落ちていくはずの縄は、途中でゆっくりになり、水をふくむ重みも、いつもより軽そうです。大きな手で桶を持ちあげると、底のほうで水がすこし揺れて、朝のひかりをうすく返しました。
こやの戸が、音をたてずにひらきます。
リルが、まだすこしねむたそうな顔で出てきました。髪の先に朝のしろいひかりをのせたまま、井戸のそばまで歩いてきます。
リルは桶のなかをのぞいて、それから井戸の口ものぞきました。
小さく首をかしげて、グルゥのほうを見あげます。
グルゥはなにも言わず、縄を手のなかでたしかめました。切れているようすはなく、木のわくも、いつもとおなじに見えます。
それから、井戸のふちに手を置いて、耳をすますように、しばらくじっとしていました。
井戸の奥からは、水のあるしるしが、かすかな音で返ってきます。
けれど、その音は、いつもより遠くにあるみたいでした。
夜のあいだに、どこかで土がすこし動いたのかもしれません。石のあいだを通る水が、べつのみちをゆっくり選んでいるのかもしれません。そういうことを、森はときどき、ことばもなくしてしまいます。
リルは井戸のふちに手をのせ、つめたい石を指でなぞっていました。
それから、小さな声で言います。
「みず、すこしだけ、ねてるみたい」
グルゥはリルを見て、わずかにうなずきました。
そして桶をひとつ持ち、こやの横へまわります。川べりのほうへ行くつもりだと、リルにはすぐにわかりました。
リルも、戸のわきにかけてあった小さな袋を持ちます。なかには、ひもと布が入っていました。とくにいるわけではないけれど、持っていくものがあると、手のなかがすこし落ちつくのでした。
ふたりは細い道を、ならんで歩きます。
朝の風はまだひんやりしていて、草の先にはしずくがのこり、足もとで小さく光っていました。木の枝のあいだからこぼれるひかりは、水のようにうすく、地面のうえをゆっくり流れていきます。
川べりへ出ると、いつもの水はありました。
井戸の水よりも、すこし明るい音をたてて、平たい石のあいだをすべっています。
グルゥは桶をしずかに沈め、こぼさないように持ちあげました。水はたっぷり入って、縁まできれいに揺れます。
リルはそばの石にしゃがみこんで、その流れを見ていました。
つよくはないけれど、とまらない水でした。細いところは細いままで、広いところへ来ると、すこしだけ肩をひらくようにして流れていきます。
リルはそのようすを見て、目を細めます。
グルゥが桶を持ちなおすと、リルは立ちあがって、道のわきの小枝をひとつ拾いました。
まっすぐではなく、すこし曲がった枝です。
それを手のなかでくるりとまわし、なにをするでもなく持ったまま、こやへの道をもどりました。
柘榴とAI

こやに着くと、グルゥはくんできた水を大きな桶へ移し、火のそばのやかんにも分けました。
それから井戸のそばへ行き、ふちに落ちていた細かな葉や土を、手でそっとよけていきます。縄がこすれる木のところも、布で静かにぬぐいました。
大きな手が動くたび、朝のひかりがその肩にやわらかくのっていました。
リルはそのそばで、さっきの小枝を井戸のわきの石のあいだに立てかけます。
なんの目印でもないようでいて、そこにあると、朝のことを忘れずにいられそうでした。
昼にもういちど水をくむと、まだ流れは弱いままでした。
けれど、朝よりはすこしだけ、桶の底を鳴らす音が増えています。
リルはその音を聞いて、小さく笑いました。
グルゥは短く、「ん」とだけ言って、桶を持ちあげます。
それだけで、きょうはこれでいいのだとわかる返事でした。
夕方には、井戸ばたの石もすこしぬるみ、風もやわらかくなっていました。
水はまだたっぷりとは言えないけれど、朝のねむたさを少しずつほどくみたいに、井戸の奥で静かに戻ってきているようでした。
リルは戸口に立って、その音を聞いています。
こやのなかでは、火がちいさく明るく、鍋の湯気が白くのぼっていました。
弱い水の流れも、止まってしまったわけではなくて、ただ、ゆっくりになっていただけらしいのです。
森のものは、ときどきそうして、急がずに戻ってきます。
ふたりもまた、急がずにそのそばで暮らしていました。
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