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デヴィール国は夜の訪れが早い。全てが黒色に塗られた国なだけに、そう感じるだけかもしれない。
そんな漆黒の国の王であるアゼルは1日の仕事を終えて自室に入ると、風呂上がりの艶やかな黒髪をかき上げて息を吐く。
(はやくエリーゼを取り返さねば……夜も眠れん)
まずはウィリアム国にエリーゼとセレンの人質交換を要望する旨の書簡を出す準備を進めている。レミアルはメイドとして、この城に住み込みで働く事になった。
もう、何日エリーゼを抱いてないのだろうか。今日も冷たいベッドで一人で眠る事を考えるだけで気が滅入る。
「……ん?」
アゼルは寝室のドアを開けた途端に声が詰まった。正面に見えるベッドの上に誰かいる。
ベッドの上に正座をして座り、長い金髪をシーツの上に垂らして深く頭を下げた女性。両手を揃えてお辞儀をした形で留まっている。
まさに求めていた愛しい人の姿を目にしたアゼルは、彼女の名を叫んでいた。
「エリーゼ!!」
ついにエリーゼの幻覚まで見えてしまったのかとは疑わずに、駆け寄ってベッドの上に片足を掛ける。その時、ふいに女性が顔を上げた。
彼女の顔は期待通りの青い瞳ではあったが、エリーゼではない。アゼルと至近距離で顔を合わせたのはセレンであった。瞬時にアゼルの勢いは止まる。
「貴様……オレのベッドで何をしている?」
問い詰めるようなドスのきいたアゼルの声にもセレンは怯まない。それどころか頬を赤く染めて微笑んでいる。
セレンは白い薄手のネグリジェを着ていて下着同然。服の上から見ただけでもエリーゼ以上のスタイルの良さだと分かる。
「夜伽よ」
「……は?」
一瞬、アゼルはその単語が理解できなかった。愛するエリーゼでもない、憎きセレンの口から飛び出す言葉としては予想外すぎた。しかし少しも心は動かない。
それでもセレンは色仕掛けのように上目遣いで青い瞳を潤ませている。その瞳すらエリーゼとそっくりで目を見張る。アゼルにとっては確実にやっかいな相手だ。
「私は人質だから、アゼル様にご奉仕するのは当然でしょう?」
「なんだそれは。オレはエリーゼの夜伽には興味があるが、貴様に興味は全くない」
アゼルの返しも下衆ではあるが、それで引き下がるセレンではない。セレンは自分に絶対の自信を持っている。
「私は最強の聖女だし、お姉様と容姿も似てる。ううん、私の方が勝ってる。それなのに、お姉様を選ぶ理由は何なの?」
「知らん。愛に理由なんぞあるか」
それらしい回答をするアゼルだが、本当はアゼル自身にも理由は分からない。それはアゼルの溺愛の半分は『呪い』によるものだという自覚がないからだ。
「それなら私の夜伽にも理由はいらないわよね」
屁理屈を言いながらもセレンはアゼルの逞しい胸元に頬を寄せる。その耳がアゼルの心臓部に近付いた時にセレンは妙な感覚を覚える。
(なに……? アゼル様の魂を囲い込むような、この邪悪な気配は……)
それはアゼルの中に流れる、聖力とは全く逆の『呪い』の力であった。
セレンは最強ではないにしても大聖女には変わりはなく、呪いを感知する能力も人並み外れている。
しかし今のアゼルは人間なので魔力は持たずも呪いも使えない。セレンが感じ取ったのは、エリーゼがアゼルに跳ね返した『溺愛の呪い』であった。
「アゼル様……この呪いは誰が?」
「呪いだと? かけられた覚えなどない」
アゼルは前世でエリーゼに溺愛の呪いをかけたが、今世のエリーゼによって半分ほど『呪い返し』された事に気付いていない。
セレンは呪いに気付いて納得した。アゼルがエリーゼを溺愛するのは、この呪いのせいなのだと。
アゼルはセレンの両肩を掴んで自分の体から引き離そうとする。
「訳の分からない事ばかり言うな。部屋に戻れ。これ以上、勝手な事をするなら本当に監禁するぞ」
これは脅しでも何でもない。どうせ城からは逃げられないと思って、セレンの部屋を施錠せずに自由にさせていたのは甘かった。
しかしセレンは密かに両手に聖力を溜め込んで、それを一気にアゼルの胸に触れて解き放った。
「ぐっ……貴様、何を……!?」
「アゼル様の呪いを解いてあげる! そうすれば私を選ぶはずよ!!」
アゼルの全身が、国境で見た黄金の光と同じ眩しさに包まれていく。しかし同時にセレンは聖力を跳ね返す強力な呪いに押されて顔を歪める。
(なんて力なの……!? 呪いを解けない……!)
前世の魔王アゼルによる『溺愛の呪い』の魔力は、現代の大聖女であるセレンの聖力を遥かに凌ぐ。セレンの放った聖力を全て押し返すほどの力だった。
自分の力では呪いを解く事は不可能だと察したセレンは別の方法を取るしかなかった。
(ならば、呪いを『封印』するわ!!)
アゼルの魂を取り囲む呪いの効果を、聖なる結界で覆って封印する。
セレンが全力で聖力を注ぎ込み続けて、やがて光が収まると時が止まったかのような静寂に包まれる。
聖力を使い果たしたが手応えはあった。封印は成功したはず……そう思ったセレンは両手を下ろすと息を整えながらアゼルの顔を見上げる。
「貴様……オレに何をした?」
アゼルの瞳は、先ほどよりも邪悪な赤いオーラを纏って鈍く光り輝いている。まるで魔王……いや、悪魔そのもの。
恐怖を感じたセレンは、夜伽という目的を忘れてアゼルから身を引いた。しかしアゼルに片腕を掴まれて強引に引き寄せられる。
「……ふん。いいだろう、最強の聖女よ。貴様を『戦場で』使ってやる」
「え……?」
「貴様の力で世界を手に入れる。拒否権はない。拒めば命はない」
「い、いや……」
セレンは顔を横に振るが、現実からは逃れられない。アゼルは先ほどまでとは違う。冷酷非道に変わりはないが、そこに愛も人情もない。完全に『人らしさ』を失っていた。
アゼルにかけられた『溺愛の呪い』は封印された。しかし同時に、アゼルの魔力がセレンの聖力に反発した反動で、魂の奥底に眠っていた『前世の本性』を覚醒させてしまった。
エリーゼへの溺愛が消えたアゼルに残されたのは、世界征服という野望だけ。
今のアゼルはデヴィール国の王ではない。かつての魔国の魔王・アゼルであった。
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