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(あのとき、番人様にがっつきすぎたのかもしれない――)
そんな考えが頭に流れるわけは、あれから1ヶ月も経つというのに、番人が自分の前に、いっさい姿を見せなかったからだった。
好きという気持ちがどうしても抑えきれなくなり、それをぶるけるように番人を抱いてしまった。その想いの重さに耐えられなくなって、逃げ出してしまった可能性がある。
落ち込む理由は、他にもあった。
番人が生きるためのエネルギー源となる『精』を、他の誰かに貰いながら仕事をこなしているのを考えただけで、気が狂いそうになった。
しかしそんな考えも、仕事の忙しさに身を任せれば、一時的になんとかすることができた。
あのあと社内コンペに提出した企画が、準優勝を与えられた成果により、雑用係と呼ばれている部署から異動。現在は経営企画部で、社内が推し進めるプロジェクトを任されるようになった。
以前の自分なら、中途半端にしかこなせなかった仕事も、番人に叱られたことやアドバイスを受けた内容を思い出したら、投げ出すことなく最後まで精一杯やりきろうという、気力や情熱に変えられた。
(番人さまに逢いたい、声が聞きたい。そう思えば思うほどに夢の中でさえも、ついには出てこなくなってしまった……)
悪夢はおろか、番人の姿をまったく見られなくなったことは、神様が敦士の記憶から番人についての記憶をなくそうとしている気がしてならなかった。
「忘れるわけがない。こんなに、恋焦がれているというのに」
誰もいなくなったオフィスでひとり、残業しながら想いをこぼしてみる。
朝まで抱いてしまったあの日、テーブルに突っ伏したまま眠っていた。疲労感を抱えながら起き上がり、ごしごし目を擦ったら、隣に大きな塊があるのがわかった。
温かみを感じることはなかったけれど、寄り添うように横たわっている姿を目の当たりにして、胸の全部がじんとした。そのまま寝てしまった自分を温めるように、傍にいてくれた番人のことが、もっともっと好きになってしまった。
(こんなにも番人さまのことを想っているのに、胸の痛みしか感じられないなんて――)
集中力を欠いた状態では、仕事に支障をきたすと考え、デスク周りを片付けたのちに、肩を落としたまま退勤した。途中、コンビニに寄って晩ごはんを調達する。ビニール袋を揺らしながら、自宅マンションに向かった。
ため息をつきながら、なんの気なしに夜空を見上げると、青白く光り輝くものが目に留まった。
それは、見覚えのあるプラチナブロンド色の柔らかい髪と一緒に、ストールを風になびかせて空中を浮遊する、ずっとお逢いしたかった人物に間違いなかった。
「番人さま!?」
向かっている方角は、敦士の自宅マンションのようだった。慌てて駆け出しながら、番人の姿を目で追いかける。やがて大きな建物の中へと、吸い込まれるように消えてしまった。
涙目を擦って急いで階段を駆け上がり、高鳴る胸をどうにか抑えつつ、自宅のカギを開けた。
扉を開けて電気をつけないまま、自宅にあがり込んだ先には、リビングの中央に立ちつくす、ひょろっとした番人の姿があった。
「ばっ番人、さま?」
敦士の問いかけがたどたどしくなってしまった理由は、以前見たときと番人の放つオーラの色が違っていたから。眩いばかりの神々しさを感じたはずなのに、目の前にいる番人からは、それがほんの僅かにしか感じられなかった。
「何度か来たことはあったんだが、なかなかおまえに逢えずにいた。しかもここ最近は、随分と夜も遅くに帰っていたみたいだな」
「はい。番人さまに見てもらった企画が準優勝をいただけたお蔭で、部署が変わったんです」
番人から視線を逸らさず、手に持っていたビニール袋を足元に静かに置く。
「そうか、それは良かったな。おまえの内に秘めた実力が認められて、なによりだ」
「はい……」
(こんなふうに番人さまに褒められたら、以前の僕ならもっと喜んでいたはず。それなのに今は、嬉しさ以上に虚しく思ってしまうなんて――)
「随分と、疲れた顔をしているな」
番人の背後にある窓から、ほんのりとした月明かりが入り込む。その明かりを頼りに、顔色を指摘したことがわかった。