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「ママ、あの……ちょっとお願いがあるんだけど」
楓は自分の部屋を出ると、キッチンにいる母親に話しかけた。心臓は今にも口から飛び出しそうなほど激しく波打っていたが、喉を締め付ける焦りを必死に抑え込み、できるだけ自然なトーンを装った。
「あの駅の百貨店に、どうしても行きたくて。今から一緒に行けないかな?」
母親は一瞬、驚いたようにパッと顔を輝かせた。最近の楓は退院してから笑顔が増え、紬と楽しそうに外出することも多くなっていた。「あの子が自分から出かけたいなんて言うなんて、お洋服でも欲しくなったのかしら」。そう思うと、母親の胸は嬉しさでいっぱいになった。
「いいよ、楓がそんなに言うなら喜んで連れて行ってあげる!」
母親はすぐに準備を整え、二人は電車に飛び乗った。
目的地である駅ビルに到着すると、きらびやかな化粧品や華やかな洋服が並ぶフロアを見て、母親は久しぶりの百貨店の雰囲気に少し興奮しているようだった。その隙を見計らい、楓は手汗で湿ったスマートフォンをポケットに押し込みながら言った。
「ママ、私、ちょっとトイレに行ってから、あそこのフロアにある推しのグッズを見てくるね」
「わかったわ。じゃあママもこの近くで洋服を見てるから、終わったら声をかけてね。ゆっくりでいいからね」
母親が笑顔でアパレルショップへ歩いていくのを見届けると同時に、楓は振り返り、エレベーターのボタンを狂ったように連打した。エレベーターが待ちきれず、非常階段の重い扉を押し開け、最上階の屋上へと夢中で駆け出していった。息が切れ、足がもつれそうになっても、頭の中には「紬を死なせない」という一念しかなかった。
その頃、屋上の張り詰めた空気の中に、紬は一人で立っていた。
夕暮れ時の冷たい風が、紬の短い髪を激しく揺らしている。彼女は、地上の街並みが小さく見えるその場所から、最後の景色をじっと感慨深げに見つめていた。
(あぁ……やっと、全部終わりにできるんだ)
紬は、自分の体を遮る無機質なフェンスへと歩み寄った。完全に囲まれた金網ではなく、大人の目を盗んで向こう側へ抜け出せるような、柵の隙間を必死に探す。視界が涙でにじむ中、ようやく大人が一人通り抜けられそうな綻びを見つけた。
「よし……」
紬は小さく息を吐き、柵の向こう側へ身を乗り出そうと、強く足に力を込めた。今まさに、暗い世界から飛び立とうとすべての覚悟を決めた、その瞬間だった。
「紬ちゃんーーーーっ!!」
静寂を切り裂くような、引き裂かれそうな叫び声が屋上に響き渡った。
「え……っ!?」
紬は一瞬、心臓が止まったかと思うほどの衝撃を受け、激しく動揺して動きを止めた。振り返ると、そこには息を激しく切らし、肩を上下に揺らしながら、涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにした楓が立っていた。
いつもSNSの画面越しに、暗い言葉を舐め合い、傷を肯定し合っていた「心の拠り所」である楓が、なぜ今、目の前にいるのか。予想だにしない親友の登場に、紬の覚悟の糸はぷつりと切れ、その場で立ち尽くしたまま大きく目を見開いた。