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限界社畜リーマン青×代行業桃パロ3話目
「ちょ、まろ! 何怒ってんの!?」
「…怒ってない」
ぐいと強い力で引っ張ると、ないこはつまずきそうになりながら何とか堪えた。
細い手首を無遠慮に掴む俺の指先には、きっとないこが「痛い」と感じるくらいの力がこもっている。
かざしたカードキーで開けた扉の向こう、部屋に入るなり俺はないこの体をバスルームに押し込んだ。
会社の近くにあるビジネスホテル。
もう終電も逃す時間だったし、互いにずぶ濡れのままではタクシーにも乗れない。
だからこれしか方法が思いつかなかった。
せめて風邪なんて引かせたくないという思いから、乱暴だと思われても仕方ないくらいの力でないこを引っ張ってここへ連れてきた。
「服洗って乾かしてくるから、こっちちょうだい」
「え、だってまろだってずぶ濡れじゃん」
「俺は後でいいから」
部屋に用意されているルームウェアを押し付け、強引にバスルームの扉を閉じた。
怒っていると思われても不思議じゃない顔を、自分は今しているんだろう。
だけどその向かう矛先はないこではなく、自分自身にだ。
トラブルと残業に見舞われたからと言って、ないこが待っている可能性に思い至らなかった自分が本当に腹立たしい。
あんなに長い時間待たされたっていうのに文句一つも言わないないこのことも、本当はほんの少しだけ恨めしい。
「だって仕事だから」
ここへ来る間に平然とそう言ってのけながら、桃色の瞳はさも当然と言わんばかりにきょとんとしていた。
「どっかで雨宿りしようかとか、せめてコンビニに傘買いに行こうかとか思ったりもしたけど、そのちょっと目を離した隙にまろと入れ違いになったら嫌だったから」
だからって、あんな猛烈な勢いの雨に打たれながら待ち続けることはないだろう?
ないこはこんな面倒な依頼をする自分の顧客にも、気の利かなかった俺にも恨み言なんて一つも言わない。
それは、プロ意識のようなものなんだろうか。
これが仕事だから、これが自分の責務だからと、誇りのようなものを持っていて。
「…あかんよなぁ、それは…」
いくら仕事だと言っても、だ。
捨てられた犬猫みたいにずぶ濡れのひどい格好で待たされたはずなのに、あんな笑顔を向けられたら。
その健気さに自分の胸が震えるのが分かる。
「…弱いんやって、俺。こういうんに」
ないこの服を放り込んだコインランドリー。
ぐるぐると回るその洗濯機を見るとはなしに視界に映しながら、俺は椅子にうなだれるようにして座り小さくそう呟いた。
急な悪天候だったせいで、自分たちと同じようなことを考える人間は多かったようだ。
ホテルに着いた時点でもう部屋は満室近くなっていて、シングル2部屋なんてもちろんツインルームですら空いていなかった。
おかげでダブルの部屋に押し込まれた。
「俺こっちで寝るけど、寝てる間に抱きついたらごめん」
すっかり寝支度を整えたないこは、ダブルベッドの右側に陣取りながらそう言った。
「癖なんだよね、毎晩みっちゃん抱きながら寝てるから。寝ぼけてまろのことも抱き寄せそう」
ふわぁと欠伸を漏らしながらのないこの言葉に、ざわりと心の奥で一度不快な音が立ったのが分かる。
「みっちゃん」…?
一緒に暮らしてる女でもいるんだろうか。
「これこれ」
寝転がったままスマホをすいと操作したないこは、画面をこちらに向ける。
ないこの部屋らしいその写真には、ベッドの上に「何か」が転がっていた。
こちらを向いているせいで、画面ごしなのに「目が合う」感覚に陥る。
…それは、じと目をしたぶさいくな黒い猫の抱き枕だった。
ただし胴体がみょーんと伸びていて、ぬいぐるみとしての寸法は明らかにおかしい。
「ぶっ、何これ。めっちゃぶさいくやん」
「『みっちゃん』。ぶさいくって言うな、せめて『ぶさかわ』だろ」
唇を尖らせて訂正するないこに、「どっちにしろぶさいくやん」と笑って応じる。
毎日添い寝する恋人がいるわけじゃないらしいことに妙な安堵感を覚えながら、俺は「ははは」と声を立てた。
自分も髪を乾かし終え、ないこが明け渡したダブルベッドの左半分に滑り込む。
そんな俺を見ていたあいつが、「やっと笑った」と小さく呟いた。
「え?」
聞き返した俺の目を、ピンク色の瞳が見上げてくる。
「だってまろ、ずーーーっと難しい顔してんだもん」
苦笑い気味に言うないこの言葉を聞きながら、ベッドの中で向き合う形になる。
至近距離で改めて認識する顔は、今までよりもずっと綺麗だと思わされた。
「…ごめん」
「何に謝ってんの」
「難しい顔しとったことと、雨の中あんなに待たせたこと」
言うと、ないこは今度はわざとらしいくらいの大きなため息をついて返す。
「それさっきも言ったよね? それが俺の仕事なんだって。依頼人が悪いわけでもまろが悪いわけでもなく、俺の仕事なの。…まぁ強いて言うなら、雨が悪いんじゃない?」
最後はからかうような口調になりながら、小さく笑んでみせた。
「あぁでも、それでか。申し訳なさからのハグね」
「…え?」
「さっきからずっと考えてたんだよね。何で俺、あの時まろにハグされたんだろ、って」
できれば忘れていてほしかったことを持ち出され、俺は思わず絶句した。
返すべき言葉を持ち合わせておらず、ただないこの目を見つめ返すしかできない。
いろんな感情が入り乱れて、あの時ないこの細い肩を思わず抱き寄せてしまった。
さっきも考えていた通り、こいつの中にあるプロ意識と健気な一面を知り、そしてなにより、あんな雨の中何時間も俺を待っていたという悦びみたいなものが一気に押し寄せた結果だ。
あの後、すぐに我に返ってないこの体を押し返した。
そのまま引きずるようにしてここへ連れて来たから、できればあのハグはなかったものとしたかったのに。
「申し訳ないな、って思ってのそれだったなら納得だわ」
俺からしたら完全に真理とは言えないことを「なるほどねー」なんてひとりごちながら、ないこは再びスマホを操作する。
それからさっき「ぶさかわ猫抱き枕」の写真を見せてきたときと同じように、画面をこちらに向け直した。
「ん」
画面に表示されたのはQRコード。
え、と目を見開いた俺に、ないこは察しが悪いなとでも言いたげに唇を尖らせる。
「俺の連絡先。日曜まで毎日来る予定だから、また都合悪くなったら連絡して」
促されるままに、自分のスマホでそれを読み込んだ。
「それ以外に、頼みたい代行あるときも連絡してね」
仕事大好き人間なのか、こんなところでも営業をしてくる。
曖昧に小さく頷いた俺は、目の前でないこが大きな欠伸をするものだからつられてしまった。
「おやすみー、まろ」
スマホの画面が消え、天井の照明も消した室内。
暗い闇の中、すぐ傍からないこの声がする。
そのまだ信じられないような状況に戸惑いながらも、「おやすみ」と俺も小さく返した。
翌朝、始発が出る少し前にアラームが鳴った。
寝られたのはほんの数時間。
引かれたカーテンの隙間からは、もう朝の光が漏れ入ってきている。
「ん…」
すぐに用意して、一旦家に帰らなくては。
ぐしゃぐしゃになったスーツはまだ半乾きで、とても連日着て出社できる状態ではないだろう。
服を替えなければいけないし、何より今日は、仕事で使う自分の車も取りに戻らなくてはならない。
枕元のスマホを探ろうとして、不意に気づいた。
俺の胸の辺りに両腕を回す形で、ないこがすーすーと寝息を立てている。
宣言通り俺を『みっちゃん』と間違えたんだろう。
がっちりとしがみつかれていて、思うように身動きが取れない。
別に、強引にその手を離させようと思えばいくらでもできた。
だけどそうする気も起こらず…いやむしろその肩に手を回し返す。
抱き寄せるようにして、ぐいと力をこめた。
(…あと、10分だけ)
ないこには、始発の時間に合わせて先にホテルを出ると言ってある。
だけどあとほんの少しだけ、この温もりと幸せに浸っていたい。
くっついたピンク色の髪から、あの毎日手渡される花束みたいな良い香りがする。
それを胸の中に閉じ込めるようにして、少しだけ深く息を吸った。
始発より数本後の電車で家に戻ったせいで、始業時刻ぎりぎりに出勤するはめになった。
会社の地下駐車場に車を停め、大きな欠伸を漏らしながら今日の予定を頭の中で組み立てる。
まず、朝は今乗ってきた車で外回り。
昼過ぎに会社に戻ったら、その後は大きな会議がある。
あぁ、後は夕方に動画研修まで入っていたっけ。
そんな風に思い描いたスケジュールを、一つずつ丁寧にこなした。
だけど予定外だったのは、昼過ぎに上司が部署全体にある声かけをしたことだ。
昨日のトラブルへの皆の尽力を最大限労おうとしたんだろう。
金曜の夜だし急遽飲み会を開催するぞ、なんていう爆弾を投下してきた。
もう10年、20年とここで働いているベテラン勢の一部は、空気を読まずに平気な顔をして断ることができる。
多様性を主張する最近入社したばかりの自我の強いやつも、「いや、僕はいいっす」なんて平然と宣う。
それらができないのが、俺みたいな立場の人間だ。
20代後半くらいの俺たちが、一番社内での空気を読んでしまう。
断るなんて選択肢はなく、盛り上げ要員としても参加しなくてはならない。
定時になり、今日は残業もせずに部署内の大人数で居酒屋に集合することになった。
部長の顔が利く店らしく、幹事が電話の際にその名を出すと、大人数の当日予約なのに割と融通を利かせてくれたようだ。
「いふ、もう移動する?」
自席で帰り支度を整えていると、同期が声をかけてきた。
居酒屋までは徒歩数分の距離なので、定時に仕事を上がった今なら予約時間までまだ少し余裕がある。
「ごめん、先行ってて」と軽く謝って、俺はPCの電源を落とすとひとまず部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、裏口へと急ぐ。
今日もほとんど使われることのないその出口を抜けると、予想通りピンク色が視界に入った。
「まろ!」
今朝、一足先に出たホテルに置いてきたないこが、そこに立って笑っている。
朝出る時、眠っていたとは言えその顔を見たばかり。
そのはずなのに、その笑顔を向けられただけでまたあの時と同じように胸が震えた。
ピンク色の目は細められ、唇はゆるりと弧を描いている。
もう見慣れたはずのそれも、未だ俺の中の衝動に似たものを掻き立ててきた。
「好きです、付き合ってください」なんてもう聞き慣れたセリフは、それでも今日も繰り返される。
それからないこは、いつも通り俺の腕の中に青い花束を押し付けてきた。
一旦受け取ったそれに、俺は視線を落として少しの間思案する。
果たして、これを持ってこれから飲み会に行くのは賢明な判断と言えるだろうか。
「…代行さん、お願いがあるんやけど」
再び顔を上げながらそう言った俺を、ないこは不思議そうな目で見上げてきた。
たった5センチほどしかない俺達の身長差でも、ないこ側から見上げられると上目遣いになるものだから、それだけで胸がどくりと鳴る。
「今日これから飲み会やねん。さすがに持って行かれへんから、これ預かってくれん?」
手渡されたばかりの大きな花束を、ずいとないこの方へ押し戻した。
ぱちぱちと瞬きをしてそれを見やったないこは、俺の言わんとしたことを理解して「…賢いね、まろ」と笑う。
「ん、いいよ、預かる。明日のやつと一緒にまた持ってくるね」
「代金とか…どうしたらいいん?」
代行業者に頼み事をする相場がいくらなのかなんて知らない。
尋ねた俺に、ないこは胸元の前に花束を掲げ直して片目を閉じてみせた。
「いらないよ。初回だからサービスする」
にこりと笑って、ないこはくるりと身を翻した。
「また明日ね、まろ」
笑顔で手を振るピンク髪が揺れる。
ないこと出会ってから、5回目の告白代行が終わった。
「また」なんて言えるのも、後2回。
そう思うだけで胸の奥が切ない音で訴えてくる。
「…また、明日」
ないこの言葉をなぞるように繰り返して、俺はその後ろ姿を見送った。
コメント
3件
青さんが抱き枕替わりなの可愛すぎます…💕 ぶさかわなみっちゃん…想像できそうです!😖🎶 ストーリーのタイトルが台詞のようなのがいつもは単語等で言葉が終わっているイメージなので新鮮でした…✨✨変なところに目をつけてしまいましたが…ꉂ🤭︎💕 代行もあと2日…続きを知っていてもドキドキしちゃいます…✨✨
終わり方が切ない… この作品大好きすぎて終わるの寂しいです………… 続き待ってます!
終わるのが嫌すぎてドキドキしながらスクロールしてます。ゆっくり続き待ってます