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桜のつぼみも膨らみ、開花を今か今かと待つ春の日。
僕は新しく進級し中学二年生に、そして弟の和真は中学一年生に。
制服の採寸をしに行くため、和真と一緒に学生服の販売店へ向かっている途中なのでした。
隣にはしかめ面をした和真が口を尖らせて車窓の外を見ています。
どうしてそんなに拗ねているのか、和真に聞くと和真は僕を見ないでこう答えます。
「俺も早く制服が着たい。もう、学校行きたくない。」
さらり、と伸び切った片目が隠れるほどの長さの前髪を揺らした和真の声はどこかハスキーがかっていて、
僕よりも早く先に声変わりが来ているのか、ちょっとだけ寂しくなりました。
運転席のハンドルを握りながら様子を見ていた、僕の母はこう答えます。
「和真も文句言わない。そもそも制服買うのにどれだけお金がかかると思ってるのよ」
ミラーに映る母の顔は大層ご立腹なのか、普段ただでさえ皺が多いのに更に眉間にそれが寄る事で
くしゃくしゃの老婆のようにも思えて僕はくすり、と笑ってしまいました。
「真優、後で覚えてなさいよ」
母の細く吊り上がった小じわの目立つ瞳が僕の姿をじっと捉えます。僕は思わず黙りました。
隣にいた和真も、きゅっと口を噤みます。
僕らは家族だけど、でも、母だけがいつもピリピリしているのです。
和真と僕が同時に黙ったのを見て母は再び呆れたように溜息をつきました。
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商店街の近くにある学生服専門店へ入り、僕らは学生服の注文をして採寸をしてもらいました。
その際、店員さんが和真を見ながらこう言います。
「まあ、真優君と比べて和真君はまだまだ小さいわねえ。これから伸びるのかしら?」
初対面の人に緊張しているのか、それとも人見知りなのか分かりませんがずっと黙り込んでいた和真は
こう尋ねられておずおずと口を開きました。
「多分伸びます…たぶん」
「あら、そう!じゃあ男の子だからきっと背が伸びるわね。頑張ってね」
「はい……ありがとう、ございます」
消え入りそうな声で和真は店員さんにお礼を言いました。店員さんは満足そうに笑って和真を見ます。
きっとこの人は悪い人じゃないんだと僕は思いました。
でも、その事は母には言えないのです。言ったらどうなるでしょう。
想像も出来ないくらい怒られるのかもしれません。だから今日も僕は口を噤みます。
会計を済ませると僕らは帰路につくのでした。