テラーノベル
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第1話「財布も運もない日、現れたのはちょっと口悪い先輩」
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○○(あ、終わった……)
○○(財布が、ない)
私は今、駅のホームで立ち尽くしている。
電車に乗る直前で気づいた財布の消失。
ポケットもカバンも全部探した。でも、どこにもない。
○○(さっきまで確かに持ってたのに…落としたか、盗られたか)
現実を受け入れるには、もうちょっと時間が欲しい。
でも、電車の時間は待ってくれない。
○○(……誰かに、お金借りないと)
深呼吸して、思いきって顔を上げたとき――
目に入ったのは、少し離れたところに立っていた制服姿の男子。
黒髪。少し眠そうな目。
姿勢も話し方もゆるっとしてそうだけど、顔は整ってて目を引く。
そして、どこかで見たことのある顔だった。
○○(この人……同じ学校の人?)
なんでか分からないけど、
“この人なら”って思って、私は一歩前に出た。
「すいません!!お金貸してください!」
言った。声もちゃんと届いたはず。
彼はゆっくりこっちを向いて――
一瞬、ぽかんとした顔になった。
「……は?」
「財布なくしました。電車代だけでいいので、貸してくれませんか?」
できるだけ冷静に、簡潔に。
堂々としてたほうが、返って信じてもらえるって、なんとなく分かってた。
彼は眉を少し上げて、面倒くさそうにポケットに手を入れた。
「……まぁ、いいけど。変なとこで声かけんなよ」
「すみません。ほんとに助かります」
渡されたのは、200円。
その手元を見ながら、私はやっと息を吐いた。
「名前は?」
「○○です」
「やっぱり。俺と同じ学校だよな。二口、2年」
「あ、バレー部の先輩……ですよね?」
「ん、まあ」
それだけ言って、彼はちょっとだけ口元をゆるめた。
「ちゃんと返せよ。俺、案外そういうのちゃんとしてるから」
「はい。必ず返します」
改札の音が鳴る。
彼はそれを聞いて、振り返らずに歩いていった。
(なんか……不思議な人だったな)
冷たいわけじゃないけど、距離感がある感じ。
でも、助けてくれたのは事実。
○○(お礼、ちゃんと言わないとな)
財布をなくした最悪な日。
でもその日が、ちょっとだけ特別な日の始まりになるなんて、
その時の私は、まだ知らなかった。
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