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集会所に村人を呼び集め、私が家族と感動の再会を果たすと、颯懍が龍神様についてざっと説明してくれた。 神は人を食べない事、花嫁を必要としていない事、眠っている間は雨が降らない事……。
「それでは、龍神様に生け贄は意味が無いと言う事でしょうか?」
村の長老のお婆さんが信じられない、と声を震わせながら訊ねた。
「そうだ。あやつは時々眠り過ぎて、それで雨が降らなくなる事がある。ひと月以上全く雨が降らなかったら、洞窟の中のあの小岩の辺りでこの鈴を鳴らしてみるといい」
長老が手のひら程ある大きめの鈴を受け取ると、シャランと重みのある音がした。この音、洞窟の中で聞いた鈴の音だ。
「深い眠りからも目覚めさせるよう、術を仕込んでおいた」
「無理に目覚めさせたら、龍神様は御怒りになるのでは?」
「鈴を鳴らす時には一緒に、美味い酒でも置いとくといい。人間の女に興味は無いが、酒は好物だからな。くれぐれも多用せぬように。ひと月以上降らなかったら、だ」
「かしこまりました。ありがとう御座います、仙人様」
花嫁の意味なんて無かったのなら、これまで犠牲になってきた女の子達は一体どうなったのだろう?
みんなも気になっていると思うけど、これまで生け贄となった人達の死が、意味の無かったものだと突き付けられるのが怖くて聞けないのかもしれない。
それを考えると心が少し重くなる。
雨でびしょびしょになった花嫁衣装から着替えた所で大広間へ戻ると、宴会が始まっていた。
颯懍は礼や施しなどは一切要らないと帰ろうとしたのだが、村の人、取り分け私の家族が引き止めて、半ば無理矢理に参加してもらっている。
私としてもきちんと御礼をしたいし、聞きたいこともある。それに、ある頼み事もしたいと思っていたので、引き止めてくれて都合が良かった。
「仙人様、改めてお礼を言わせてください。この度は助けて頂き、ありがとう御座いました」
私の父と長老に、次々と酒を注がれている颯懍の所へ行って、深々と頭を下げた。
「うむ、間に合って良かった。あともう数刻行くのが遅かったら、海に沈んでしまうところだったからな」
海に沈む……。そう言えばあの時、潮が満ちてきて溺死するかと思ったんだった!
という事はもしかして、これまで犠牲になった子たちは……。
「これまでの花嫁は、あの洞窟で溺れてしまったのでしょうか?」
「そうだろうな。敖潤は水の中でも呼吸出来るから関係ないが、ただの人間ではそうもいかん。ずっと昔にもさっきした説明をして、鈴も渡してやったんだか、どうなっておるのだ?」
半分睨み付けられるような視線を受けた長老が、ビクンっと身体を震わせた。
「それはいつ頃の話でしょうか?」
「150年……いや、200年近く経ってるかもしれんな」
「左様でございますか。我々の御先祖様がこの地で暮らすようになったのは、100年そこそこだとだと伺っております。それまでは別の部族の者が住んでおりました故、その鈴の存在については知りませんでした」
「ああ、そう言う事であったか。こちらでは帝や王が度々変わりややこしいな」
やれやれ、と酒を飲んでいるこちらの御方。
一体何歳なのーー!?
仙人が不老長寿なのって、ホントだったんだ。
謎が解けたところで改めて、颯懍の目を見つめてから頭を下げた。
「仙人様、命を救って頂いた上に図々しい事この上ないのですが、私のお願いをひとつ聞いていただけないでしょうか」
「こら、明明! これ以上仙人様に御願いなんぞ、何を言ってる」
叱り付けてくる父を、颯懍が「まあまあ」と窘めた。
「なんだ、申してみよ」
「私を貴方様の弟子にして頂きたく、お願い申し上げますっ!!」
「めっ、明明?! 弟子って、おまっ……! 自分が何を言っているのか分かっているのか」
「分かってるよお父さん。私、仙人になりたい。そうしたら困っている人を沢山助けられるでしょ?」
仙人は不思議な術を使って、あちこちで人助けをするのだと話しには聞いていたけど、今回の事でその噂が本当なんだと確信した。
もしも仙人になれたら、今よりずっと、誰かのために何か出来る。
「掃除、洗濯、お料理、身の回りの事は一通り出来ます。どんな修行にも耐えてみせます。ですからどうかお願いします。私を弟子にしてください!!」
おでこを床に擦り付けお願いする私に、颯懍は素っ気なく答えた。
「無理だ」
「なっ……! 何故ですか?!私、そんなに頑丈そうに見えないかもしれませんけど、実はすっごく力持ちだし体力もあります! かならず颯懍様のお役に立ってみせますから」
「そうじゃない。仙人になるにはまず、仙骨が必要だ。仙骨がなければどんなに修行しようと仙にはなれん。お主にはそもそも、その仙骨が……」
言いかけたまま颯懍は顎に手をやり、じーーいっと私の体を見て黙ってしまった。
「ある……。お主、仙骨持ちか」
仙骨がどんな骨なのか知らないけど、これは棚ぼた!
「ほ、ほ、ほ、ほんとですか?! それなら余計にお願いします! どうか颯懍様の弟子に……」
「いや、それは無理だ」
「そんな殺生な事言わずに」
颯懍の着物の裾に泣いて縋り付き、絶対に逃さないと言う念を込めて見つめた。迷惑だろうが何だろうが、逃してなるものかこの好機。
「まあ落ち着け。俺は女の弟子は取らない主義なんだ。だから俺の弟子は無理だが、他のやつを紹介してやる」
「いいえ、颯懍様でなくては! 」
「何でだ」
「これから一生ついて行く人です。お仕えするのなら信頼出来る御方じゃないと」
なんでもクソもない。心から尊敬できる人でなければ、信用も信頼も出来ない。命を救ってくれた颯懍なら「師匠」と呼ぶのに相応しい。
私が懇願するすぐ後ろで、父と母、祖父・祖母から兄弟までもが颯懍に、お願いしますと頭を下げはじめた。
「颯懍様、どうか娘を弟子に迎えてやってはくれませんか。父親の俺が言うのもなんですが、何処へやっても恥じないように躾たつもりです」
「私からもお願いします。どこの誰だか知らない人よりも、颯懍様なら安心して娘を預けられます」
「おいおいお主ら、仙になるという事がどういう事なのか分かっておるのか? 俗世と縁を切る、つまりそなた達家族とも縁を切ると言う事だ。娘が無事に戻ってきたと言うのにそれでも良いのか。それから明明と言ったか。お主も仙になる事が出来れば不老長寿の身になる。その内にお主1人だけが生き残り、寂しい思いもするだろう。それでも良いのか?」
それはもちろん承知の上。
修行に出て道士となったら、もう二度と会えないかもしれない。家族だけ、この村だけ特別扱いとかも出来ない。
次々と顔見知りの人が先に死んでいき残されるのは、考えている以上に辛くて虚しくなるのかもしれない。
それでもやってみたい。
ましてや仙骨とか言う特別な物を持っているのなら尚更だ。
きっと自分は平凡に、この村か隣村の人とでも結婚して、子供を産んで、家事をして……そんな一生を過ごすのだと思っていた。
そんな人生が嫌だとも、悪いとも思わない。新しい家族を作って暮らすのは、それはそれで素晴らしい事だと思うから。
でも出来ることならば、もっと誰かの役にたちたい。助けられる力を得られると言うのなら、これまで「仕方がない」と諦めてきた事を諦めなくて良くなるなら、私はチャレンジしてみたい。
私が頑なに頭を下げ続けていると、父と母が先に口を開いた。
「確かに娘との別れは辛いもの。ですがこの子は女の子ですから。いつかは他所へやって手放さなければならないとは思っておりました。それがまさか、龍神様へ嫁にやるとは思っておりませんでしたがね。あの時は本当に、胸が張り裂けそうになりました。でも今回は違います。娘が何処かで元気にやっていると思えば、我々家族も、ちっとも寂しいなんて思いませんよ」
「この子は人一倍正義感が強くて。龍神様の嫁にだって、自分から立候補してなったんですよ。放っておいたら自分の命を捨てて、誰かを助けて仕舞うような子です。それなら仙人になってもらった方が、私たち家族としても安心ですよ。娘の命の恩人の貴方様ならば尚更です。どうか娘を弟子にしてやって下さい」
「仙人様、お願いします! 姉ちゃんも一緒に連れていってください!!」
家族のみならず、宴会に参加していた村の人達までもが次々と頭を下げて、お願いしてくれた。
みんなの気持ちが嬉しくて、目頭がじわっと熱くなる。
「お願いします」の大合唱に、ついに颯懍が折れた。盛大にため息をついて酒をあおると、わざとらしく盃を乱暴に置いて叫んだ。
「だあああっ! くそっ! 分かった。弟子にしてやる」
「あっ……ありがとうございます!!」
「良かったね姉ちゃん」
「うん、泰然もありがとね」
「姉ちゃんは仙人様の嫁にでも行ったと思って過ごすからさ! な、母ちゃん」
弟の冗談に、颯懍がブーッと鯨の潮吹きのごとく、酒を吹きだした。
「あらまぁ、そう考えておけば気が楽だわね」
うふふふ、あははは、と笑いあっているみんな。
顔を赤く染めてむせている師匠。
何はともあれ私、明明は、仙女になるべく旅立ちます!