テラーノベル
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夏がやってきた。
北国のブリタニカ属州といえど、盛夏になればそれなりに暑い。
ユーリのカレー食堂では、水に塩とハチミツを加えて果汁を絞ったドリンクを提供したり、冷やしカレーうどんを提供したりとメニューに工夫を凝らしている。
冷やしうどんは好評である。
もともとブリタニカ属州で採れる小麦は薄力粉。手打ちで打ったうどんはコシがあっておいしい。
ユピテル帝国では『麺』という食べ物に馴染みがないものの、そこは新しいもの好きのカムロドゥヌム町民だ。
ユーリが作ったものなら美味しいに決まっている、と最初から食べる気まんまんだった。
カレーうどんの他、アイリが主張したサラダうどんも提供して人気になっている。
めんつゆはユピテル帝国に昔からある|魚醤《ガルム》をベースした。魚醤は魚を塩水に漬けて発酵させた調味料だ。
魚醤に海藻の出汁を合わせることで、味わい深いめんつゆが再現できた。
海藻は石けん製作に使っている西の海岸のもの。
たくさん採れて販路もあるため、めんつゆ試作のためにちょっともらってきたのである。
さらにカレーのスパイスのうちめんつゆに合うものを選んで、バリエーション豊かで飽きのこない味を作っていた。
ホースラディッシュ(山わさび)や二十日大根のすりおろしは特に好評だ。
オクラやゴマ、例の唐辛子も人気である。
「ながしそうめん、やろうよ!」
ある暑い日のこと。
カレー食堂に遊びに来ていたアイリは、手をぶんぶん振りながら言った。シロは尻尾をぷりぷり振っている。
彼女が着ているのは水色のワンピース。ユピテル帝国のシンプルなチュニカではなく、日本の子どもが着るような可愛らしい服だった。
ユーリとアイリが二人で知恵を出し合って、仕立て屋に作ってもらった逸品だ。
「ながしそうめん?」
洗い物の手を止めて、ファルトが首をかしげている。
彼はカレー食堂のリーダー役が板についていて、アイリの面倒もよく見ていた。だからアイリも懐いている。
「ながしそうめんは、そうめんをびゅーってながして、ひゅーってすくって、ずずーってたべるの」
「うん、ぜんぜん分かんない」
ファルトは苦笑してユーリを見た。
ユーリは改めて説明をする。
「そうめんは、うどんをうんと細くした麺よ。それを細い木をくり抜いたものに水と一緒に流して、みんなですくって食べるの」
「へえ、面白そう! でもなんでわざわざ流すの?」
「一番には涼しい気分を味わうためかしらね。ずっと水を流しながらそうめんを食べるから、冷たいままで食べられるのよ」
やってみよう、ということになる。
最近は子供たちのうどん作りの腕前も上がっているので、極細のそうめん作りも何とかなるだろう。
そうめんを流す半筒として、ユーリたちは縦に割った木を三本用意した。
カレー食堂の前にあるスペースで、子供たちと手分けして中をくり抜き、滑らかになるよう磨く。
「日本じゃよく竹を使っていたけど。ないものは仕方ないわね」
ユーリの独り言を耳ざとく聞きつけて、ファルトが言う。
「ユーリ姐さん、なんか言った?」
「いえ、なんでもないわ」
それから木箱や椅子を使って、水が流れやすいように高低をつけた。
羽海汐遠
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#異世界転移
最後に木の終着点に桶を置く。
「試しに水だけ流してみましょう」
ユーリが言えば、アイリが手を上げた。
「わたしがやる! 魔法でお水、だす!」
ユーリは一瞬だけ考えたが、少しくらいの魔法であれば問題ないかと思い直した。
アイリの本当の力は秘密だけれど、何もかも隠すのも良くないだろう。
「じゃあ、お願いね」
「うん!」
アイリは積まれた木箱によじ登り、半筒の木の一番高いところに手をかざした。
「えいっ」
ドオッ。
アイリの手から勢いよく水が吹き出した。奔流といっていいくらいの水量だった。
水はたちまち木の内側を流れ、むしろあふれて飛び出しながら、怒涛の勢いで下に到達した。
桶はあっという間にいっぱいになって、
どっぱーん!
ざぶーんっ!
と波のような大きな音を立てて四方八方に散っていく。
「キャイン!」
シロがずぶぬれになって悲鳴を上げている。
「うわ! 水かかった!」
「すっげー!」
「あはは、冷たくてきもちいいー!」
子供たちはそれぞれの反応だ。
「アイリ、ストップ! いったん止めて!」
木箱の上に立っているアイリを、ユーリは下から手を伸ばして抱っこした。
「えー、いいところだったのに。やめちゃうの? なんで?」
アイリは不満顔だ。
ユーリは水浸しになった周囲を見ながら、ため息をついた。
「流しそうめんをやるんでしょう? このままそうめんを流したら、誰もすくえなくて、そうめんがどっかに行っちゃうわ」
これじゃあジェット流しそうめんだ、とユーリは思った。
アイリは非常に強力な魔力を持っている。だから細やかな制御が難しいのだろう。
「あ……」
アイリもやっと気づいたらしい。しょんぼりしている。
そんな彼女を地面に降ろしてやって、ユーリは膝を折った。目線を合わせて話しかける。
「今のはお試しだから、気にしなくていいのよ。もし少しずつ水を流すのが難しかったら、他の魔法使いに頼みましょう。魔法でなくても、桶で水を流してもいいかもしれないわね。どうする?」
「……やる。わたし、ちゃんとできる」
アイリが決意に満ちた目でうなずいた。
ユーリは微笑んで、アイリの髪を撫でてやった。
それからアイリの魔法特訓が始まった。
非常に強力な魔力を持つ彼女は、細かい制御が苦手であるらしい。
結局その日は、大洪水を何度かやって終わりになってしまった。(なお、子供たちは水遊びができてとても喜んでいた)
帰宅後、アウレリウスにその旨を話すと、彼は少し考えてから言った。
「では、私が魔力制御の手助けをしよう。アイリと私は魔力の質が似ている。同調させながら制御の方法を教えれば、うまくいくのではないか」
「やる! よろしくおねがいします!」
と、アイリが言ったので、アウレリウスとユーリは吹き出した。
早速、屋敷の中庭で練習が始まる。
アウレリウスとアイリは向かい合って立った。アウレリウスが両手を伸ばして、アイリの肩に置く。
魔力の素養のないユーリには分からないが、二人でやりとりをしているようだ。
時折、二人の輪郭が淡い光に包まれる。
瞳を閉じて向かい合う祖先と子孫は神秘的で、ユーリはつい見入ってしまう。
(もし、アウレリウスと私に子供ができたら。アイリみたいな子になるのかな)
シロの毛並みを撫でながら、そんなことを考えていた。
そうしてそれなりの時間が経過した後、アウレリウスが手を離して息を吐いた。
「アイリ。感覚は理解したか?」
「うーん。なんとなく」
アイリはまだ自信がなさそうだ。
「では、これがちょうど満杯になるよう水を出してみろ」
アウレリウスが合図すると、奴隷が鉢を持ってきた。昼間、流し素麺に使った桶と同じくらいの大きさである。
「うーんうーん、このくらい?」
一度目。アイリは水をおもいっきりあふれさせた。
口を尖らせる彼女の頭を、アウレリウスがぽんぽんと叩く。
二度目。八分目くらいの水が出た。
「あら! いい感じじゃない?」
思わずユーリは声を上げるが、アウレリウスが首を振る。集中を邪魔するなという意味であるらしい。
そして三度目。
今度こそきっちりと鉢一杯分の水が満たされる。
「やった……」
アイリは鉢を覗き込み、ユーリとアウレリウスににっこりと笑いかけて。
そのままパタリと倒れてしまった。
アイリを寝室に運んでから、アウレリウスが言う。
「この子はその気になれば、カムロドゥヌム全体を水没させるほどの魔力を持っている。喩えるなら、向こうの川岸が見えない大河のようなものだ。それを逆に小さく絞って制御するのだから、相当に負担がかかったのだろう」
ユーリは目を閉じたままのアイリの頬に触れて、ぎゅっと眉を寄せた。
「無理をさせてしまったのね。これ以上はやめたほうがいいかしら」
「いや。魔力制御は魔法使いであれば避けて通れぬ道。アイリがこれからも人間として生きていくのであれば、必ず習得しなければならない。今回は良い機会だった」
人間として。魔物とヒトとの間に生きるアイリを思って、ユーリは目を伏せた。
「でもこの子は、こんなに小さいのよ。倒れてまですることじゃないでしょう。もっと時間を置いてからではだめなの?」
「……それを決めるのはきみではない。本人に聞いてみなければ、な」
ユーリはゆっくりと幼子の髪を撫でる。黒曜石を絹糸にしたような、美しくてつややかな髪。
そうしていればやがて、アイリはうっすらと目を開けた。
「ユーリ。アウレリウス。わたし、ちゃんとせいこうしたよ」
「ああ、そうだな。見事だった」
アウレリウスの言葉に、アイリはぱあっと笑った。
「これで、ながしそうめんができるね!」
アイリはどこまでも食い気が強い。ユーリは深刻な気持ちが和らぐのを感じた。
アウレリウスが言う。
「流しそうめんとやらをやる日は、私も行こう。アイリが食べるときに水を流す者が必要だからな」
「うん!」
アイリは嬉しそうに返事をして、すぐにとろとろと眠り始めた。やはり疲労が強かったのだろう。
そんな彼女を囲んで、ユーリとアウレリウスは幼子の健やかな未来を願ってやまなかった。
そうしてやって来た、流しそうめん当日。
またしてもカレー食堂は人でいっぱいになっていた。
建物の前に設置された木の装置を、みなが物珍しそうに眺めている。
夏の太陽は元気に輝いていて、絶好の流しそうめん日和だった。
「さあ皆さん! そうめんの食べ方は分かりましたね。水と一緒に流れてくるから、フォークですくって、つゆにつけて食べてくださいね!」
ユーリが声を張り上げる。
客たちにはフォーク(さすがに箸は無理があった)とめんつゆの容器が配られて、おのおのくり抜かれた木のそばに行く。
「じゅんびおっけー? いっくよー!」
やる気に満ちたアイリが、木箱の上で手を振っている。すぐそばにはアウレリウスがいる。
アイリは真剣な顔で手をかざした。すると適量の水が吹き出て流れていったので、ファルトがそうめんを流した。
「おっ、きたぞ」
「意外に流れが早いな! すくえなかった」
器用にすくう客もいれば、逃してしまって困っている客もいる。
「次が来ますし、下の桶のを食べてもいいですから。慌てずに」
ユーリの声かけにうなずいて、客たちはそれぞれのペースで流しそうめんを楽しみ始めた。
「冷たくて、うまい!」
「新鮮なお水と一緒にいただくの、心まで涼しくなるわ」
「俺、うどんもそうめんも気に入ったよ。つるっとしてさ」
「ほんと、夏にぴったりよねえ」
客たちは大満足だ。
一通り食べて入れ替わったとき、アイリも水係をアウレリウスと交代した。
「わたしもたべるの!」
ウキウキとフォークを構えるアイリに、ユーリはめんつゆを渡してやる。
「アイリは頑張ったからね。お腹いっぱい食べて?」
「うん!」
アイリはさすが元日本人。フォークでくるくるとそうめんを絡め取って、上手に食べている。
「おいしー!」
口いっぱいに頬張ったそうめんを飲み好んで、アイリが叫んだ。
その様子に周囲から笑い声が起こる。
アイリはちょっと照れた顔をして、またそうめんを食べ始めた。
その後はカレー食堂の子供たちも交代で食べて、大盛況のうちに流しそうめん大会は終了となった。
せっかく木の用具も作ったし、まだ夏は続くしとうわけで、もう二、三回はやろうという話になる。
こうしてカムロドゥヌムの名物に、流しそうめんも加わった。
今年の夏が終わっても、来年もまた続いていくことだろう。
これもまた、ユーリとアイリが変えた小さな出来事だった。
コメント
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灰猫さんきちさん、第81話、楽しく読ませていただきました! アイリの「ジェット流しそうめん」には思わず笑っちゃいました😂 水の制御に苦戦しながらも、アウレリウスと一緒に特訓して成功させる姿が本当に愛おしかったです。ユーリが「この子と自分たちの子供」を想像するシーンも、じんわり温かい気持ちになりました。 最後までアイリらしい食い気で締めくくるところが、本当に彼女らしくて好きです。今年の夏も、来年も続くといいですね🌿