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「……それ、あんたが言うんだ」
煙草の煙をくゆらせながら、玲央菜は低く笑った。
「自分がどれだけあの子を踏んでたか、わかってて言ってんの?」
日下部は答えなかった。黙ったまま、ただ視線を逸らさなかった。
「一週間、預かりたい。勝手に潰される前に、こっちでコントロールする」
「“助ける”とかじゃない。別に壊れても構わない。でも、使い道はあるから」
玲央菜はじっと日下部を見つめる。
「“それ”をあたしに言って、どうしろっての」
「おまえが認めないと、あの家は通らない。……あの父親、晃司に話が行けば終わる」
「話は通した。玲央菜、おまえだけだ」
日下部の声は冷たく、そして静かだった。
「協力するなら、今日中に整える。あいつはもう限界だから」
「間に合わなかったら、あんたも責任取るんだろうな?」
玲央菜の口元にはまだ笑みが残っていたが、その瞳は一切の冗談を拒んでいた。
「……いいよ。勝手にしな。潰れても文句言わないってことね」
日下部は軽くうなずいた。
「わかってる」
玲央菜は、灰皿の上で煙草をねじ伏せた。
「ただし、哀れみだけはやるなよ。あの子、それが一番嫌いだから」
「──わかってるだろ? 日下部」
彼は何も言わず、そのまま立ち去った。
――翌朝。
玄関先で靴を履こうとしたとき、ポストに無造作に突っ込まれた封筒が目に入った。
手に取ると、それは「外泊届」だった。学校の押印、親の同意欄、全てが記入されている。
──なんだ、これ。
震える手で中身を確認するまでもなかった。
誰かが、“決めた”のだ。自分の行き先も、過ごす場所も。
「オレが、選んだわけじゃねぇのかよ……」
喉奥で呟いた声は、誰にも届かなかった。
足元が崩れるような感覚の中で、それでも遥は制服に袖を通し、足を前に出した。
《屋上で言われた言葉》が頭をよぎる。
「潰れた犬には興味ないんだよ」
「死なれても困るし。使えなくなるのは──面白くない」
胸の奥に、言い知れぬ悔しさと屈辱が滲む。
けれど同時に、たったひとつの事実が突き刺さる。
──自分はもう、動けない。
逃げたくて逃げられる身体じゃない。
頼りたくなくても、何もかも奪われてきた中で、唯一「まだ潰されていない何か」が残っていた。
それすら、今、他人の都合で管理されようとしている。
それでも、行くしかない。
生きるためじゃない。ただ、終わりを先延ばしにするために。
ポケットの中、あのキーケースが冷たく当たった。