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19 - 第19話 伸の病状と行彦が見る悪夢と見舞いに来た立花芳子

2024年07月11日

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 浅い眠りから覚めると、ちょうど病室に、医師が入って来たところだった。


 母が、立ちあがって頭を下げる。母は、伸が入院して以来、病院に通うために、カフェの営業を午後からにしている。


 医師が、母に向かって言う。


「どうぞお座りになってください」


 それから、母と伸の顔を見ながら言った。


「少しよろしいですか?」




 医師は言った。


 内臓の働きが少し弱っているものの、疾患というほどのレベルではない。それにも関わらず、食欲不振と体調不良が続いている。


 内臓以外の原因の一つとして、心因性のものが考えられるが、何か心当たりはないか。一度、心療内科の医師の診察を受けてはどうか、と。


 話を聞いた母は、心配そうに伸を見つめている。



 伸は、医師に聞いた。


「それは、悩みがあるかとか、そういうことですか?」


 医師がうなずく。


「そうだね。君の場合だったら、たとえば、学校で、何か嫌なことがあったとか」


「嫌なことなんて、別にありません。少なくとも、具合が悪くなるようなことは」


 松園たちには、ずいぶんひどいことをされたが、今に始まったことではないし、それも、最近では止んでいる。行彦と出会ってからは、むしろ毎日が幸せだったのだ。


「そう。でも、自覚していなくても、ストレスになっているということもあるからね」




 心因性の原因などないと言ったにも関わらず、その日の午後、心療内科の医師が病室にやって来た。学校のことや家でのことを、根掘り葉掘り聞かれた。


 学校に友達がいないことを知ると、医師は、ふんふんと意味ありげにうなずいていたが、それは小さい頃からずっとそうだし、そんなことが原因であるはずがないのは、伸自身がよくわかっている。


 もちろん、松園たちのことや行彦のことは話さなかった。誰にも話すつもりはないし、誰にも知られたくない。





 僕は、再び悪夢に悩まされるようになった。学校でいじめられる夢ではない。あの女の夢だ。


 あの女はいつも、突然ドアを開けて、ずかずかと部屋に入って来る。


「ボクちゃん、大きくなって」


 そう言いながら、ベッドのすぐそばまでやって来る。


「ボクちゃん、お母さん、会えてうれしいわ」


 白い肌。貧相な体つき。目を見開いた、狂気じみた笑顔。


「ボクちゃん」


 女は、笑顔を張りつかせたまま、両腕をこちらに伸ばして来る。身動き出来ずにいる行彦の体に、細い両腕が絡みつく。


「やめろ!」


 僕は、汗みずくで飛び起きる。





 いつものように、ベッドであお向けになって、ぼんやりしていると、病室の入り口で声がした。


「失礼します」


 目を向けると、立花芳子が入って来た。伸は、あわてて起き上がる。


「安藤くん……」


 一瞬、気遣うような表情をした後、笑顔になって言った。


「おうちの方は?」


「昼前に帰りましたけど」


「そうなの。これ、お菓子なの。よかったら召し上がって」


 そう言って、ホテルのロゴが入った包みを、サイドテーブルの上に置いた。


「すいません。……あっ、その椅子にどうぞ」



 壁に寄せて置いてあるパイプ椅子を指すと、立花は引き寄せて、ベッドのそばに座った。


「具合はどう? って言っても、あまりよさそうには見えないけれど」


「はぁ……」


 ずいぶんはっきりと言うものだと思うが、自分でも、ひどい見た目なのはわかっている。


「あのとき、救急車を見送ったきりだったから、どうしているかと気になって」


 伸は頭を下げる。


「あのときは、ずうずうしく訪ねて行った上に、迷惑をかけてすいませんでした」


 立花は、静かに首を横に振った。


「そんなことはいいのよ。ただ、安藤くん、洋館のことをずいぶん気にしているようだったから」



 じっと見つめる伸に、立花は、ちょっと微笑んで見せてから話し始めた。


「あのね、あの洋館は、何年も前から、本当に誰も住んでいないのよ。それは今回、業者の人が中を調べて再確認済みなの。


 入り口が壊れていて、人が入ったり、ホームレスが生活していた形跡もあるけれど、それだけよ」


「でも」


 そんなはずはない。現に、行彦が暮らしているではないか。



 さえぎろうとした伸に、立花は、うんうんとうなずいてから、さらに言う。


「あの洋館は、響子さんが亡くなったときに、私が相続というか、便宜上、管理人になったのよ。でも、離れたところに住んでいて、手が行き届かないし、若者が入り込んだりして、地元の人から苦情が出ていたの。


 それで、なんとかしなくちゃいけないと思いながら、処分するにも、お金がかかるし、思いあぐねていたのよね。そんなときに、再開発の話を打診されて」



 立花が一呼吸置いたところで、すかさず伸は言う。


「だけど、行彦くんはどうするんですか? 立花さんと一緒に暮らすんですか?」


「そのことだけど……」


 立花は、乱れてもいない前髪を指で直してから、言いにくそうに口を開いた。


「安藤くん、やっぱり、何か勘違いしてるんじゃないかしら。それか、人違いかもしれないわね。


 響子さんの息子の行彦くんなら、本当に亡くなっているし、二人とも桐原家のお墓に入っているわ」


 そんな馬鹿な……。

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