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密室に残されたのは、僕と伊藤。
さっきまで4人いた空間が、今は嘘のように広く、そして冷たい。
足元に転がっていた鈴木の靴の片方が
彼女が確かにここにいたことを、そしてもういないことを残酷に物語っていた。
「……おい、佐藤」
伊藤が低く、濁った声で僕を呼んだ。
彼は壁に背を預け、荒い息をつきながら僕を凝視している。
その目は、恐怖を超えて、獲物を探す獣のような鋭さを帯びていた。
「次が俺かお前かなんて、関係ねえよな。……お前、さっきから黙ってるけど、何かあるんだろ? 白状しろよ」
「僕には……そんな、誰かを殺したり金を盗んだりするような罪なんてない」
僕は必死に声を絞り出した。
実際、そうだ。
僕はいつだって波風を立てないように生きてきた。
サービス残業を押し付けられても笑って受け入れ
誰かのミスを被ることはあっても、誰かを陥れるようなことはしていない。
『───次は、伊藤大輝。汝の罪を。』
非情な宣告が、僕の言葉を遮った。
伊藤の肩が大きく跳ねる。
「……チッ。俺かよ」
伊藤は舌打ちをしたが、その膝は目に見えて震えていた。
扉がゆっくりと開く。
外の廊下は、さっきよりも霧がかったように白く濁り、異臭が強まっている。
鉄錆と、何か腐敗したような匂いだ。
「……ああ、言えばいいんだろ! 言えば!」
伊藤は自暴自棄に叫んだ。
「俺は、営業成績のために、ライバル会社の開発データを盗んだ!」
「それだけじゃない、それを同期の奴のPCに仕込んで、あいつをクビに追い込んだよ! ……あいつ、その後行方不明になったけど、知るかよ!弱肉強食なんだよ、この世は!」
伊藤の告白は、懺悔というよりは、自分を正当化する怒鳴り声に近かった。
だが、その叫びとは裏腹に、彼の目は絶望に濡れている。
『伊藤大輝、受理。……前へ』
廊下に、今度は古びた「手術台」のようなものが、音もなく滑り出してきた。
その上には、錆びついたメスや鉗子が乱雑に散らばっている。
「……おい、佐藤」
伊藤が最後に僕を振り返った。
その顔は、もはや恐怖で歪み、老人のように萎んでいた。
「お前……本当に『何もしていない』って、言い切れるか?思い出せよ」
伊藤はそれだけ言い残すと、何かに背中を押されるように、よろよろと手術台の方へ歩んでいった。
扉が閉まる直前。
手術台の周りから、白い包帯を顔中に巻き付けた
「影」たちが、一斉に立ち上がるのが見えた。
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