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ミラルとラウラが地下牢を脱出すると、そこにはランドルフと対峙するラズリルの姿があった。

ラズリルは二人に気づくとすぐに表情を明るくさせる。


「ラウラくん! ミラルくん!」


対するランドルフは、脱出したラウラを見て表情を歪めた。


「青蘭の奴……しくじったか!」


ランドルフがそう言って舌打ちした瞬間、激しい地響きと共に地面が揺れる。それにランドルフが戸惑っている隙に、ラズリルは二人の元へ駆け寄った。


恐らく地下牢で激しい戦いが繰り広げられている。そう読んだラズリルは、ミラルとラウラを連れて地下牢の入り口から出来るだけ離れていく。


その直後だ。地下牢付近の床が激しい音を立てて崩れ去ったのは。


「何だ!? 何が起こっている!?」


幸い城全体が崩壊するまでには至らなかったようだが、部分的に壁や天井が崩れており、かなり危険な状態だ。

ひとまず落下物による死傷者は出ていない。ラズリルに倒された者達も、軽傷ですんでいる。


「チリー!」


地下牢は完全に崩落し、中で戦っていたチリーと青蘭は中に埋まっているような状態だ。

二人は人間より強靭なエリクシアンだが、この状態で必ず生き残れる保証はない。


「貴様ら……こんな真似をしておいてタダですむと思うなよ……ッ!」


怒りにわなわなと震えるランドルフの元へ、騒ぎを聞きつけた衛兵達が一斉に集まってくる。


「貴様ら全員極刑だッ! 奴らを捕えろ! 一匹たりとも外へ逃がすなァッ!」


ほとんど絶叫に近いランドルフの怒号に、ミラルは竦み上がるような思いだった。

如何にラズリルと言えど、ミラルとラウラを守りながら戦うのでは分が悪い。何か策はないかと必死で脳をフル回転させるラズリルだったが、状況は思わぬ形で一変した。


「どういうつもりだ貴様ら!?」

「そこまでです、兄上」


なんと、集まった衛兵達が取り囲んだのはミラル達ではなく、ランドルフの方だったのだ。

状況がわからず、ランドルフ共々困惑するミラル達の前に、想定外の男が現れる。


「おいおいマジかよ」


思わず、ラズリルはそんなことをぼやいてしまう。

そこに現れたその男は、現在外交で城を留守にしているハズのクリフ・レヴィン殿下だったからだ。


ランドルフと同じブロンドの短髪だが、体格はやや華奢な部類に入る。武人のような顔立ちのランドルフとは対照的な、甘い童顔の男だ。


「馬鹿な……何故ここに……!」

「あなたの放った刺客は、あなたに従うつもりはなかったようですね」


クリフの言葉に、ランドルフは思わず目を見開く。


「彼は私を殺すどころか洗いざらい話してくれましたよ、兄上の計画を」

「何の話だ……?」


しらを切るつもりなのか、ランドルフはどうにか平静を装って問い返す。しかしクリフに動じる様子はない。


「……彼は他国の人間ですが、あなたよりも余程この国の行く末を考えていたようですよ」


ミラル達には、しばらくクリフが何を言っているのか理解出来なかった。しかしやがて、他国の人間、刺客という言葉から一つの仮説に辿り着く。


「まさか、青蘭って人……!」


あくまで青蘭の目的はエリクシアンの抹殺であり、エリクサーの生成方法を知るラウラを始末することだった。ランドルフの計画がそのまま進めば、アギエナ国が崩壊へ向かうのは明らかだ。それを理解していた青蘭は、ランドルフの計画を利用するだけ利用して、後は失脚させるつもりだったのかも知れない。


「これだから雇われってやつは」


そう言ってラズリルが肩をすくめると、その隣でラウラが小さく笑う。


「全くだわ」


二人がそんなやり取りをしている間に、囲まれたランドルフが拘束され始める。かなり抵抗している様子だったが、集まった衛兵の数は十を越えている。逃れられようハズもない。


「兄上、しらを切るつもりならそれで構いません。この件はこの後父上と相談しようじゃありませんか」

「……いいだろう」


ランドルフの額に厭な汗が滲む。

元よりこの国で支持されているのはランドルフではなくクリフの方だ。味方の少ないランドルフにとって、青蘭が裏切った時点で圧倒的に不利な状況に追い込まれている。

多額の報酬を前金の時点で払ったランドルフにとって、このような形での裏切りは完全に想定外だったのだ。


「……兄上はさておき」


そんなランドルフを横目に見つつ、クリフの視線がミラル達へ向けられる。


「侵入者の皆さん、これは流石にやり過ぎだ」


その一言で、衛兵達の視線も一気にミラル達へ向かう。

しかしその瞬間、轟音と共に床が派手に爆発した。


「ったく……流石に死ぬかと思ったぜ」


大量の砂埃を回せつつ、床から這い出てきたのは地下で埋もれたハズのチリーだった。


半ばチリーの生存を絶望視していたミラルは、そのまま言葉を失う。

なんとも言えない感情がせり上がってきて、胸がしめつけられるような感触さえあった。

そんな思いで見つめるミラルを一瞥すると、チリーは乱雑にミラルを右腕で担ぎ、そのままラウラも左腕で担ぎ上げた。


「へ……?」

「よし、ずらかるぞ」

「あいよっ」


状況を飲み込めないミラルをよそに、チリーとラズリルは短いやり取りで意思疎通をすませる。そしてそのまま全速力でその場から逃げ出したのだ。

勿論それを見逃す衛兵達ではない。


「あいつら……ッ!」


砂埃に咳き込みながらも追いかけようと動き始める衛兵達だったが、それはクリフによって制止される。


「……恐らくエリクシアンだ。深追いするな」

「し、しかし……」

「返り討ちに遭うぞ」


どこか楽しげにそう言って、クリフは衛兵達にランドルフを連れて引き上げるよう指示を出した。



***



どうにか城を脱出した四人は、ひとまずフェキタスシティのスラム地区へと戻った。


しばらく幽閉されていたせいで、ミラルもラウラも疲弊している。チリーもまた、青蘭との激戦のダメージは決して軽くない。四人は一度休息を取ってから、改めて話をすることになった。


そして一晩休息取った後、四人は居間に集まってラウラから事情を説明してもらうことになる。


「……まずは改めてお礼を言わせてほしい。三人共、本当にありがとう。随分と迷惑をかけてしまったわ」


ラウラ・クレインは、長い黒髪を三つ編みに束ねた華奢な女だった。ややタレ目がちな黒い瞳と、どこかやせこけた頬。今にも倒れそうな儚さがある。隣に座るラズリルが、まるでラウラを支えているかのように見える程だ。


「礼も謝罪もいらねーよ。ンなことより、知ってることを全部話しな」


つっけんどんに言い放つチリーに、ミラルは笑みをこぼす。

もしかするとこれは、チリーなりの”気にするな”なのかも知れない。なんとも不器用な態度だが、チリーなりに気を遣っているのだろう。


ラウラはゆっくりと、自分のことを話し始める。


霊薬エリクサーの生成方法を見つけ出したヴィオラ・クレインはラウラの母であると。そしてそのエリクサーの生成方法は、ヴィオラからラウラへと引き継がれた。


元々ラウラは、母の後を継いでゲルビアの研究室に所属していた。しかしエリクサーを生成し続けることに耐えられなくなり、当時ゲルビアの軍人であったアルド・ペリドットの助けを得てゲルビア帝国を脱走したのだという。


「……私は耐えられなかったの。エリクサーを生成するために、何人も犠牲にし続けることに」


ラウラの言葉に、ミラルもチリーも息を呑む。


「それじゃあ……エリクサーの素材って……」

「ええ。人間の命よ……それも複数の」


告げられた真実に、ミラルは言葉を失った。


そのままラウラはエリクサーが生まれた経緯を話し始める。


元々ゲルビア帝国は、賢者の石を複製しようとしていた。

様々な魔法遺産《オーパーツ》や古い文献をかき集め、賢者の石を複製しようと試みていたのである。しかし賢者の石の複製は容易ではなかった。そんな中で、偶然ヴィオラ・クレインが完成させたのがエリクサーである。


エリクサーは賢者の石の出来損ないではあったが、その力は膨大だ。飲んだ人間の能力を一定の確率で飛躍的に上昇させて、エリクシアンへと変化させる。


「だけど、全ての人間がエリクシアンになれたわけではないわ。適合しなければ、大抵は身体が崩れて死ぬか、呼吸するだけの異形の肉塊に成り果てて……廃棄される」


ラウラの口から語られるのは、ゲルビア帝国が内包する悍ましい闇の部分だ。

エリクサーの素材になった人間と、エリクサーに適合出来ずに廃棄された人間。ゲルビア帝国の内部では、夥しいまでの命が犠牲になっているのだ。


大帝国ゲルビアの栄華は、無数の屍から成り立っている。


「罪人や、他国の捕虜を使って実験は何度も繰り返された……。母の代でも、私の代でも」


当時のことを思い出したのか、ラウラの表情に影が差す。


ラウラは、正気を保ち続けたことが災いした。

正気を捨て去り、研究に没頭出来ればそれがラウラにとっては一番良かったのかも知れない。実際の所、ヴィオラ・クレインは研究に注力するあまり犠牲を伴うことに対して何の感情も抱かなくなっていたのだから。

そんな母の姿を見て、ラウラは自分に流れる血を悍ましく思ったことすらある。


流されるままに研究を引き継ぎ、母が息を引き取ったあの日――――ラウラは逃げ出すことを決意した。


「……死のうとすると、実験台にされた人達の顔が頭に浮かぶのよ……。苦しむ顔がいくつも浮かんで……楽になるつもりかって……」


そこでふらりと、ラウラの身体がよろめく。隣にいたラズリルがそれを慌てて受け止め、しっかりと支えた。


「ラウラくん、少し休みたまえ。顔色が最悪だ」

「……いいえ、もう少し話させて。身の上話が長くなってごめんなさい」


そう言ってラウラは自力で身体を起こすと、ミラル達に頭を下げる。


「ミラルちゃん、あなたの話をしないといけないわ」

「……はい、お願いします」


ラウラの言葉に、ミラルは拳を握りしめて身構えた。


「アルドが私に会うようあなたに伝えたのは……恐らく真実をあなたに伝えるためよ」


ゴクリと。ミラルが生唾を飲み込む。


そしてラウラは、静かに告げる。


「ミラルちゃん、あなたにはテイテス王家の血が流れている」


ラウラがそれを口にした瞬間、真っ先に反応を示したのはチリーだった。


「どういうことだ!?」


テイテス王家。

それはかつて賢者の石によって崩壊したテイテス王国を納めていた王族の家系だ。


動揺するチリーと、戸惑うミラル。


ラウラはそのまま話し続けた。


「ミラルちゃん、あなたの母親の名はシルフィア・ロザリーナ・テイテス。れっきとしたテイテス王家の王女よ」

「そ、そんなこと……お父様は一言も……っ!」


ミラルが物心ついた時には、既に母は他界してしまっていた。

母の記憶はほとんどない。家には肖像画も置かれてなかったため、顔を思い出すことさえ出来なかった。

そんな母親が元は他国の王族だと言われても、ただ困惑するばかりだ。


「……まさか!」


ハッとなり、ミラルは懐からブローチを取り出す。それを見せると、ラウラは深くうなずいた。


「そのブローチは、テイテス王家の秘宝の一つ。……あなたが持っておくべきものよ」


あの日、アルドが手渡したブローチは、恐らく母の形見だ。

このブローチは、ただの商家であるペリドット家の家宝としては明らかに上質過ぎた。それを父が持っていた理由も、父がミラルに託した理由も、ラウラの話で全て説明がついてしまう。


ブローチを握りしめるミラルを見つめつつ、ラウラは話を続ける。


「賢者の石は元々、テイテス王国で管理されていたわ……そして、それを制御するための方法も」

「制御する方法……だと……!?」


驚愕するチリーに、ラウラは首肯する。


「賢者の石を制御するための魔法遺産(オーパーツ)、膨大な魔力を制御するための受け皿……それが聖杯よ」


――――彼女の聖杯が……目覚めた!


あの地下牢での戦いで、ラウラは確かにそう言った。


「そして聖杯は、テイテス王家の人間が代々母体を通して受け継いできた、と言われているわ。シルフィアもまた、聖杯の継承者だった」


王家の血。

母体による継承。

ミラルの母、シルフィア。

それらが導き出す答えは唯一つ。


「聖杯は、ミラルちゃんの身体に受け継がれている」

「私に……聖杯が……?」

「昨日の夜、地下牢で彼の力が高まった時、私は確信した。彼が賢者の石に直接触れてエリクシアンになったのなら……聖杯の影響を受けても不自然ではないと思うの」


そもそもエリクサー自体が、賢者の石を複製しようとした時に偶然生まれた副産物だ。力の由来はあまり変わらない。


チリーの力が賢者の石に触れて直接与えられたものならば、賢者の石を制御出来る聖杯の力がチリーに影響を与えたと考えることが出来る。


あの時ミラルは、チリーの力になりたいと強く望んだ。

それを、チリーの中にある魔力を増幅させる、という形で聖杯が叶えたのだ。


「それじゃ……あの時も……」


チリーと出会ったあの日、ミラルは導かれるようにして洞窟の中へ入った。

青蘭の時も同じだ。鼓動に導かれた先に、彼はいた。

それは二人の中にある賢者の石の魔力に、ミラルの中の聖杯が反応したからなのかも知れない。


「……なるほどな」


あの地下牢での戦いの時、チリーはミラルに触れることで力を取り戻した。

地中から脱出し、ラウラの家に戻るまでは完全に力が戻った状態だと感じていたのだが、一晩休むとあの時程の力は感じられなくなっていた。

あれは力が戻っていたのではなく、一時的にミラルの聖杯の力で増幅されていただけだったのだ。


「……大体のことはわかった。それで、お前は賢者の石の在り処はわかるのか?」


チリーの問いに、ラウラは首を左右に振って否定する。


「……振り出しか」


いくつかの疑問は解けたものの、結局のところ賢者の石の在り処に関してはほとんど手がかりがない。


その場に重たい沈黙が訪れると、今まで黙っていたラズリルが不意に口を開く。


「少し休まないかい? ラウラくんもミラルくんも顔色が悪いし、チリーくんは目つきが悪い」

「おい」

「二人共少し横になるといいよ」

「テメエも今から休ませてやろうか?」

「遠慮しまーす」


チリーは眉間にシワを寄せてはいるが、本気で怒っているようには見えない。

いつの間にか打ち解けているチリーとラズリルのおかげで、ミラルは少しだけ気持ちが和んだ気がした。


「……ありがとう。少し休むわ」


ミラルがそう言うと、ラズリルはすぐにミラルを自分の寝室に案内した。



***



ラズリルの寝室に通され、休むつもりでベッドに横になるミラルだったが、ほとんど落ち着ける気がしなかった。


ラウラの話が頭から離れない。


エリクサーの生成方法も、母の正体も、一度に受け止めるには大き過ぎる。

いきなり王族の血が流れていると言われても、どうすればいいのかわからなかった。


もう一度ブローチを手に取ると、以前よりも重たいような気がした。


しばらくそのまま横になっていると、不意に部屋のドアが開く。

視線を向けると、そこにいたのは意外にもチリーだった。


「よぉ」

「チリー……」


どこか気まずそうな顔で、チリーは部屋に入ってくるとどっかりとベッドに座り込む。


そのままチリーは腕を組んで黙り込んでしまったが、視線だけはミラルの方へ向いていた。その顔が声のかけ方に困っているように見えて、思わず笑みをこぼす。


「もしかして、心配してくれてる?」


冗談めかしてミラルがそう問うと、チリーはすぐに頷いた。


「……ああ」


いつになくストレートなチリーの態度に、ミラルはどぎまぎするような思いになる。


よくよく考えれば物理的な意味で距離が近いし、昨晩の会話も段々恥ずかしくなってきた。

力になりたいだなどと、面と向かって口にしてしまった。勿論嘘はないが、今更恥ずかしくなってきてミラルは顔を赤らめる。


(……そういえば、後でいくらでも聞いてくれるんだっけ)


そんなことを言っていたような気がするが、むしろ聞きたいのはミラルの方だった。


「悪かったな」


変にチリーを意識してしまっていたミラルとは裏腹に、チリーは重たい口調で謝罪を述べる。


「どうして謝るの? 私、何も謝られることなんて……」


むしろ青蘭に捕まってしまい、迷惑をかけた分ミラルの方こそ謝りたいくらいだ。


チリーは一度ミラルから目をそむけた後、気まずそうにもう一度視線を向ける。


「お前のおふくろの故郷……滅茶苦茶にしたのは俺だ」


ミラルの母、シルフィアの故郷はテイテス王国だ。

かつてチリーと青蘭が賢者の石に触れたことで、魔力の暴走に巻き込まれて消滅した国である。

チリーのせいではない。と言ってもチリーは納得しないだろう。それ以前に、ミラルにとって母の話はまだ受け止めきれていない話だ。

その母の故郷のことを謝罪されても、ミラルにはどうすればいいのかわからない。


チリーが部屋に来たことで一度頭の片隅に追いやられていた複雑な感情が、またミラルの頭の中心に居座り始めようとしていた。


「……謝られても、わからないわ。私、お母さんの顔も思い出せない」

「そうか……」


短く答えて、一度チリーは黙り込む。


それからしばらくの間、少しだけ重い沈黙が訪れる。


今度はミラルの方がどう声をかけるべきか決めかねていると、チリーの方から口を開いた。


「お前、これからどうする?」

「どうするって……」


どうするんだろう。いざ問われると、すぐには答えられなかった。

父の言葉通り、ラウラとは会った。そして自身の真実を知った。まだ飲み込めていないが、ミラルの中には賢者の石を制御するための魔法遺産《オーパーツ》、聖杯がある。父がミラルを必死で逃したのは、恐らくそのためだった。


「お前の聖杯は、今のところゲルビアには知られてねェ。だがもしバレれば、お前は今以上に狙われる……下手すりゃもう勘付かれてる可能性もある」


ミラルは結局、ゲルビアからまた逃げなくてはならない。ラウラのように隠れて生きるのか、それとも必死に逃げ惑うのか。どちらにせよ、このままではミラルに安寧の時は来ない。


「俺はこれからも賢者の石を探す。目的は変わらねェ、今度こそ破壊する」


青蘭との再会を経ても、チリーの意志は変わらなかった。


消すべきなのは賢者の石という膨大な力のみ。全てのエリクシアンを消すなどという血に塗れた道を、チリーは選ぶつもりがない。


それを聞いて改めてミラルが安堵していると、チリーの真っ直ぐな瞳がミラルを射抜いた。


「俺と来い」

「え……?」


チリーの言葉に、ミラルは目を見開く。


「俺がお前を、ゲルビアには渡さねえ」


そうはっきりと宣言するチリーの瞳は、今も尚ミラルだけを見据えている。


その真剣な眼差しに、ミラルは思わず顔を背けそうになる。

心臓がバクバクと音を立て始める。その僅かな鼓動は、聖杯の反応とはきっと違う。


あの日とは逆だ。


力を貸してほしいと、あの日頼み込んだのはミラルの方だった。それを利害が一致するからと受け入れたのがチリーだ。


それが今は、チリーの方から一緒に来いと申し出ている。

必要とされているような気がして嬉しかった。だけどそんな気持ちから目を背けるようにして、ミラルは問うてしまいそうになる。


(それは私が、ティアナさんに似てるから……?)


そう思うと、一気に心臓が冷めてしまいそうだった。


チリーは言った。ミラルとティアナは関係がないと。


そうであってほしい。そうであってほしいけれど、そんなに簡単に割り切れる話だとも思えなかった。

チリーと青蘭の会話を聞いていればわかる。二人にとって、ティアナがどれだけ重要な存在だったのかが。

そんな彼女とよく似たミラルに、何も重ねるなという方が無理な話なのかも知れない。


「……俺と来るのは嫌か……?」


チリーの声音が、少しだけ不安げに揺れる。


「そういう、わけじゃないけど……」


そこから少しだけ間があった。


しかしやがて、取り繕ったような真顔でチリーが言い放つ。


「言っとくが、お前とティアナは言う程似てねえからな」

「……私そんな話してないんだけど」

「顔でしてンだろーが!」


図星をつかれてしまうとどうしようもない。恥ずかしくなって、ミラルはチリーから顔を背ける。


「仕方ないでしょ! 昨日あんだけ二人してティアナティアナずっと言ってたんだから!」

「俺は言ってねえ!」

「顔が言ってたのよー!」

「どーゆー顔だそれはッ!」

「聞きたいのはこっちよ!」


気がつけば二人して声を張り上げて言い合い、先程の重たい空気など微塵も感じられなくなっていた。


こんな話をしていると、なんだかバカバカしくなってミラルは肩の力が抜ける。

もっと真面目な話をしているつもりだったのに、いつの間にかこんなくだらない口喧嘩になってしまっていた。


「……ありがとう」

「ああ? 何がだよ」

「なんか、気が紛れたわ。それに、来いって言ってくれてちょっと嬉しかった」


そう言ってミラルが微笑むと、チリーの頬がほんの少しだけ赤らむ。それを一瞬も見逃さずに見つめた後、ミラルは大きくうなずいた。


「私、行くわ。チリーと。だけど守られるだけじゃ嫌」


出会ってから今日まで、ミラルはただ守られて、助けられるばかりだった。

足を引っ張って、チリーが昨日みたいに傷ついて……そんな光景はもう二度と見たくない。


「私もっと強くなりたい。心も、身体も。だから……私に、戦い方を教えてほしい」


暴力での解決は、好きじゃない。だけど、自分の身を自分で守れないのではいつまでも誰かに迷惑をかけてしまう。

この先はきっと、ただ守られるだけではいられない。


ミラルの真剣な眼差しを、チリーはまっすぐに見つめ返す。そして深く頷いて――――


「それはラズリルに頼め」


平然とそんなことをのたまった。


「えぇ……?」

「あのな、俺はエリクシアンの力を振り回して暴れてるだけなんだよ。人に教えられる戦い方なんて知らねえぞ」

「そ、そうよね……言われてみればそうね……」


チリーの乱暴な戦い方が成立するのは、一重に彼がエリクシアンだからだ。場数を踏んではいるだろうが、全てが我流の喧嘩殺法なのだ。


しかしまさかここまで開き直るとは想像もしなかったが。


「……ねえチリー」


気を取り直して、ミラルは改めて話を切り出す。


「昨日言ったわよね。あとでいくらでも聞いてやるって」

「……言ったか?」


(こ、この男は~~~~~~~~~~~~~っ!)


怒鳴りそうになるのをどうにか抑え込んで、ミラルはこほんと咳払いをしてみせた。


「チリーは賢者の石を壊したら、その後どうするの?」


ミラルの問いに、チリーは一度口ごもる。

だがすぐに、考えてねえよとそっぽを向いた。


「考えてほしい」


すぐにミラルがそう答えると、チリーはわずかに首を傾げる。


「青蘭って人は、後のことなんて考えてなかった。きっと全てを終わらせたら、死ぬつもりだったんだと思う」


全てのエリクシアンを殺す。その”全て”という言葉の中には、青蘭自身も入っていたことだろう。あれはそういう目だった。己を含めた全てのエリクシアンを消し去る。その覚悟の程は、ミラルにもチリーにもはっきりと感じ取れていた。


「私、チリーにはそうなってほしくない。だから考えてほしいの、その先のこと」


過去だけじゃない。その先を見てほしい。


賢者の石を壊して、チリーの思う責任を果たして、それで終わりだなんて言ってほしくない。

傷があるなら、癒やす時間だって必要だ。

傷ついた時間の分だけ、癒やされてほしい。報われなかった分だけ、報われてほしい。


「傷ついて戦って、責任を果たして終わりだなんてそんなの……悲しすぎるから」

「お前が悲しむことじゃねーだろ」


そう言って、チリーはバツが悪そうに後頭を掻きむしる。


「ま、死ぬつもりもねーしな」


成さねばならないことがある。今はそのことばかり考えているだけで、別に死ぬつもりもなければ何もかも捨てるつもりもない。少なくとも、今はそう思える。チリーは小さく息を吐いて、微笑んで見せた。


「適当に考えといてやらァ」

「……約束よ」


それだけ聞ければ、もう十分だ。

ごちゃごちゃしていた気持ちもすっかり落ち着いて、ミラルはホッと胸をなでおろした。

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