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「第七部隊!到着で~す‼‼‼」
地下にまで通る元気な声と多くの足音が聞こえてくる。他部隊の支援担当である第七部隊が騒動の後始末をする為にやって来たようだ。
「小型用瓶持ってるの誰⁉」
「おいこっち縄足りねぇぞ!」
「うわ!なんだこのトラック!」
「火の精いたぞ!囲め囲め!」
静かだった地下はあっという間に騒がしくなり、狂信者達が捕縛されていく。月下香と風車はそれを座りながらぼーっと見ていた。
「風信子は状況報告、立藤は不思議能力使用後の診断。やる事ない俺らは待機か」
「一応武器の手入れってのがあるけど」
「組織製の武器に血を拭く以外の手入れが必要か?」
「月下香の愛用サブマシンガンは組織製じゃないじゃん」
「今日は組織製の持ってきたから」
ふと、誰かがこちらに駆けてきている。わざわざ恐れられている第六部隊に向かって走る隊員は限られている。若干呆れながらもその姿を捉える。
後ろで三つ編みにされた金髪と黄緑のもみあげと少しギラついた黄緑の瞳、組織の軍服を白いパーカーで覆った彼女は、その勢いのまま月下香へ突撃する。
「文翔ー‼‼」
「っだぁ⁉⁉てめっ莢蒾この野郎!」
「相変わらず元気が有り余ってるなぁ」
第七部隊隊長莢蒾。司令官の実妹であり、第六部隊に次ぐ問題児。昔は出会い頭に爆撃されていたのでこれでも大人しくなった方だ。
「てかあのトラックどうしたの」
「風信子がブレーキ壊して突っ込んだ」
「なにそれ楽しそう」
ドカッと莢蒾の頭が殴られる。背後で灰青の髪の女性が面倒そうな顔をして拳を作っていた。
「現場で本名とか馬鹿だろお前」
「いったいなぁ!もう少し手心ってのがさ」
「お前がそんなんなせいで副隊長にされた嫌がらせだよ」
「蕃紅花も元気そうだな」
顔を顰め、冗談じゃないという風に目を動かす。それと同時に辺りの人に注意を配る。先程の二人の会話を聞かれていないかを確認しているようだ。
組織では外での本名呼びを禁止されている。
個人情報保護もあるが、どんな条件で対象が選ばれるのかわからない以上最大限その人と証明出来る物は避ける必要がある。その為、一番個を証明する名前を隠す必要があると司令官は考えた。代わりに一定の規則性を持ったコードネームを与えられる。
「…反応してる奴はいなさそうだな」
「そりゃあよかった。司令官以外は全員の本名を把握してないもんな」
そんな話をしていると、立藤と風信子が帰って来る。どちらも異常や不確定要素は無かったようで安心したような顔をしている。
「そうだ、トラックが使えないから乗せてくれ」
「あーそうだね。私達のトラックでいいかな」
神格対策部隊本拠地。あらゆる呪文が制限され、神格相手を想定されたセキュリティが重く高そうなカメラを壁から出す。温かみのないカメラの視線を浴びながら中へ入ると、二人の女性が出迎えてくれた。
一人は立藤と瓜二つの姿を持つ麦藁菊。保護担当の第三部隊隊員であり、立藤の教育担当。仕事終わりは毎度迎えに来て積極的に関わりに来ている。
もう一人は組織唯一の人工生命体金盞花。セーラー服を纏った少女のホログラムは感情を感じさせるほどに表情を明るくする。
『第六、第七部隊共に帰還を確認!オカエリィィィィィィ‼‼』
おちゃらけた声が響くと、無事に帰って来た安堵と疲労が押し寄せ隊列が乱れる。組織の中にさえいれば名前呼びも自由行動も許される。まさに仕事終わりの合図だ。流れのまま自然と部隊は解散し、その場には莢蒾と蕃紅花、第七部隊が残された。
『月下香に風信子、司令官が報告に来いとお呼びでーす』
「また報告かー…」
「おかえり立藤!一緒に帰ろ!」
「帰ル」
「えー、僕だけ留守番?」
様々なセキュリティを超え地下におり、更に最奥へ進むとようやく司令室が目に入る。重い扉を開ければ書斎のような部屋に佇む女性が一人。
莢蒾と同じ金髪と緑の横髪、それが揺れるたびにちらりと見える青のイヤリングはほのかに輝いている。深く被った隊帽からは理知的な黄緑の双眸がこちらを覗いている。
彼女が神格対策部隊総司令官、百合水仙その人だ。
「2人共、任務お疲れ様。すぐに来たという事は怪我もないみたいだね」
「頭ぶつけて血出たけどな」
「ごめんって」
「…まぁ、内輪もめ以外は何もなくて良かった。何か変わったことは?」
「立藤が変な資料を見つけたくらいです。知らない字で書かれていて読めませんでした」
「変な資料…わかった。少し遅れても良いから、必ず第二部隊に渡してね。他には?」
「特にないと思うけど…わざわざ司令官様が聞くような事か?いつも通り書類報告でいいじゃん」
「文翔、言葉遣いちゃんとして」
「別に構わないよ。そうだね、君達には話しておく必要があると思って」
百合水仙は一文目に「魔導書盗難事案について」と大きく書かれている資料を差し出す。二人はそれを読み、やがて顔を見合わせた。
「これ、本当ですか?魔導書ってかなりの数の呪文が書いてあるのに、それがいくつも盗まれているなんて…」
「でも魔導書ってかなり正気が削られるんだろ?研究班も解析だけで何人廃人になったか」
「正気を削らずに魔導書を完全把握した事例も存在する。勿論、回復しながらの事例もね。だからそれがただの本に成り下がっている説も絶対ではないんだ」
かつてない程の緊張感に包まれ、全員が口を閉じる。現在盗まれた魔導書の殆どは呪文や神の歴史を連ねたものだが、数冊程神格の召喚呪文が記されたとされている本の名前が書かれている。
「すぐに対処しなければいけないけど、これを隊全体に公表すれば混乱が生まれる。とにかくまずは情報が欲しいんだ。第二部隊隊長には話してあるから、君達も回収より捜査、捜査より人命を優先して欲しい」
「優先して調査した方がいいのはありますか?勿論他の魔導書をないがしろにはしませんけど」
「…魔導書の中に、オペラの楽譜と台本が存在する。最悪それだけでも見つけてきて欲しい。頼んだよ、第六部隊」
司令官を背に部屋を後にする。既に二人は次の動きについて話始めており、最悪の可能性に怯えること等微塵もなかった。
「とりあえず俺はそのまま第二に行くから、逢留はもう休め」
「2人にも伝える?多くに広めない方がいいよね」
「とりあえず部隊だけに共有して、他は追々決めよう」
扉が閉まる寸前、微かに百合水仙の呟きが耳に入る。
「『危険な快楽』に、溺れないようにね」