金曜日、会議が終わって皆でゾロゾロ歩いている時、会議に出席していた部長が後ろに立った。
「上村さん、さっきの企画書について、一箇所確認したいところがあるんだけど」
「はい」
部長に話しかけられ、私は立ち止まる。
「コンセプトのキャッチコピーだけど……」
言いながら、部長は私のジャケットのポケットにクシャリとメモを押し込んだ。
彼が確認しているのは、取るに足らない事だ。
キャッチコピーの〝てをには〟のニュアンスがどうこう……など。
「あ、なるほど。分かった」
部長は一人で納得したあと、スタスタと歩いていく。
廊下に一人残された私は、周囲に誰もいない事を確認してからポケットを探った。
白いメモ帳には、部長の電話番号とメッセージアプリのIDが書いてある。
登録しておけ、という事なんだろう。
(結局、何だかんだで食事に行く事になったしな……)
いいお店なら、お洒落をしないとならないんだろうか。
ああ見えて部長は気遣いの人だから、ドレスコードがある店ならメモに一言書くだろう。
(カジュアルすぎない服なら、多分大丈夫かな)
私は溜め息をつき、メモをまたポケットに入れた。
**
メッセージアプリで部長と連絡をとってスケジュールを擦り合わせた結果、土曜日の昼間にデートをする事になった。
午前十時に有楽町駅に待ち合わせをした私たちは、映画館でアクション映画を見る。
ちなみにヴァンクリのジュエリーを紙袋に入れて持ってきたけど、やっぱり部長は受け取ってくれなかった。
なので諦めて、持ち歩いたまま映画を見る事となる。
私は映画好きで、気になった映画はお一人様でもハシゴして見るタイプだ。
何でも知っている訳じゃないし、超有名な映画を見た事がなかったり、SFやアメコミ系をあまり見ないなど、偏りはある。
でも仕事じゃないし、「自分の好みに合ったものを楽しめたらいいや」というスタンスで映画活動をしている。
部長は前日に封切りされた、『バッド・デイ・ドライブ』という映画に誘ってくれた。
「すっごかったですね! 車から一度も降りずにストーリーが続くのが凄い!」
息子二人を学校に送ろうとした父親の元に、謎の人物から電話が掛かって車に爆薬を仕掛けたから降りるなと指示があり、嘘かと思っていたら同様の事件で車の爆発が相次ぎ、父親は息子を守るために必死に運転し続け、なんとか犯人を突き止めようとする映画だ。
普段なら一人で映画の余韻に浸っているところだけれど、今は同じ体験をした相手が側にいるので、私は大興奮してペラペラ喋る。
すると部長が私を見て、クスクス笑っているのに気づく。
「何か?」
目を瞬かせて尋ねると、彼は「いや」と笑う。
「好きなものについて語る時、そんなに生き生きした表情を見せるんだな。いつも、割と淡々としてるイメージがあったから意外だ。仕事で没を出されても、粘り強く挑んでくる面があるのは知っていたが、それ以外の顔はあまり知らなかった」
そう言われた私は、会議室で部長が「大きい声、出せるんだな」と驚いたように言っていたのを思いだした。多分、あれも今と同じ感想を抱いたんだろう。
「私、感情を露わにするのが得意じゃないんですよ」
「どうして?」
「んー……」
それを話すには、まだ部長との付き合いが浅すぎるように感じた。
もしかしたら「やっぱりやめた」って元の関係に戻るかもしれないのに、「信頼して大切な事も話したのに……」って後悔したくない。
「今はまだ言わないでおきます。信頼してない訳じゃないんですけど、付き合いが浅いのに色々言いすぎるのはちょっと……」
再び歩き始めると、部長は私をしげしげと見てくる。
「心のシャッターが閉まった瞬間を見てしまった」
「そういう訳じゃないですけど」
私は溜め息をついて否定しておく。
わざと冷たくした訳じゃないけど、初めてのデートで自分の事を色々話しすぎるのはチョロすぎる。
この話をあまり掘り下げたくなかったので、私は話題を変える事にした。
コメント
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朱里ちゃん、自然体でゆっくり....無理をしなくていいんだよ~👌😊 今まで知らなかった色んな朱里ちゃんに触れることができ、尊さんもきっと喜んでいると思う....♥️🤭
ちょっとずつでいいよ〜😊 尊さんもその方が楽しいというか、俺の朱里はこんな所もあるのか⁉️で更にしゅきしゅきだいしゅきになる〜𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬💖