テラーノベル
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「お願いします……っ、会わせてください。最後に……っ、ナマエに――」
彼女の母親は、赤く腫れた目を伏せたまま、小さくうなずいた。
家族以外は制限されていると何度も言われた。
でも――それでも。
どうしても、顔を見ずにはいられなかった。
ちゃんと、「ごめん」って言わなきゃいけなかった。
「ありがとう」って、伝えなきゃいけなかった。
その場所は、安置所の一室だった。
ひんやりと冷えた空気。
花の香りがどこか虚しく漂っていて、誰も声を発さない。
ベッドの上。
白い布をかけられた、小さな身体。
静かすぎるその空間で、
出水は、恐る恐る近づいた。
「……ナマエ」
返事はない。
当たり前だ。
震える指で、布を少しだけめくる。
そこにあったのは、
まるで眠っているような、ナマエの顔だった。
でも――
その首には、くっきりと赤黒い痕があって。
小さな傷と、うっすらと涙の跡さえ残っていた。
「あ……」
言葉にならなかった。
声が喉の奥で詰まって、どうしようもなく溢れそうになる。
「……ごめん、俺……っ、守れなかった」
俯いて、肩を震わせながら、
彼はナマエの手をそっと取った。
冷たい。
あんなに温かかった手が、信じられないほど冷たくて、
力なんてひとつも感じられなかった。
「……なんで、こんなこと……っ」
涙が止まらなかった。
息をするのも苦しいくらい、胸が痛くてたまらなかった。
「……好きだったんだ、俺……ナマエのこと……ずっと」
泣きながら、
誰にも聞こえないような声で、
心の底からの言葉を、彼はやっと吐き出した。
「……こんな形で言っても、遅いのに……」
もう一度、ナマエの手を強く握りしめる。
今にも壊れてしまいそうな、か細い指先を――。
「……せめて、夢の中でもいいから……出てきてよ」
――笑ってよ。
――もう一度だけでいいから、あの声で。
そう願っても、ナマエは何も言わなかった。
それでも、出水は何度も名前を呼び続けた。
「……ナマエ……」
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