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こめみかん
33
大学までの道のり。
重い足を前に出す。
昨日遅くまで起きていたわけでもないのに、朝起きた瞬間から疲れていた。
朝ごはんは、自分で作るのはなんだか面倒で、コンビニでおにぎりを買った。
だけど、一口食べただけで喉を通らなくて、そのままバッグの中にしまい込んだ。
最近ずっとこんな感じだ。
食欲はないし、何をしていてもだるい。
夏バテ?
そんな言葉が頭をよぎるけど、認めたら負けな気がして考えないようにした。
講義室に入ると冷房がよく効いていた。
すごく涼しくて良い感じ。
席に座った瞬間、頭上から冷たい風が真っすぐ肩へ落ちてくる。
莉犬「うわぁ」
思わず肩をすくめた。
るぅと「ここ風すごいですね」
るぅと「席変える?」
莉犬「まあ、そのうち慣れるでしょ笑」
そう言った五分後には後悔していた。
冷えた腕には鳥肌が浮き、さっきまで流れていた汗が一気に冷たくなる。
胸のあたりがぞわっとして、体が震える。
るぅと「莉犬、大丈夫ですか?」
莉犬「……平気」
莉犬「……っくしゅ」
るぅと「無理しないでね、?」
莉犬「わかってるってば笑」
講義が終わり、外へ出る。
ドアを開けた瞬間、熱風が体を包み込む。
さっきまで寒かったはずなのに、今度は息苦しいくらい暑い。
頭がくらっと揺れる。
るぅと「莉犬?」
莉犬「ちょっと待って……」
思わず立ち止まる。
視界が白っぽくぼやける。
数秒で戻ったけど、心臓だけがやけに速かった。
生徒「焼肉行こうぜ!」
生徒「テストも終わったしご褒美ご褒美〜」
生徒「しかも、食べ放題!!」
生徒「お腹空くだろ〜」
莉犬「……えぇ」
莉犬「うんっ、いこー!」
返事はしたものの、お腹は空いていない。
店に着いて良い色をした肉を見ても、食欲より先にむっとした熱気と脂の匂いが鼻につく。
るぅと「莉犬、食べられそう?」
莉犬「……ちょっとだけ食べる」
るぅと「珍しいですね」
莉犬「最近ずっとこんな感じなの」
るぅと「それ、本当に夏バテですよ」
ジュウゥゥ……
あちこちのテーブルから肉の焼ける音が響く。
香ばしい匂い。
普通なら食欲をそそるはずなのに。
なんだか今は違って感じる。
テーブルに肘をつき、ぼんやりと肉を眺めていると、るぅと君から声がかかる。
るぅと「莉犬、何頼む?」
莉犬「うーん……」
メニューを開いたまま、しばらく止まる。
どれを見ても、美味しそうと思えない。
莉犬「……サラダで。」
生徒「はぁ!?焼肉屋来てサラダ!?」
テーブルが笑いに包まれる。
莉犬も笑ってごまかした。
莉犬「今日なんか焼肉気分じゃないかも笑」
そう言ったけれど、本当はサラダすら食べられる気がしなかった。
肉が運ばれて、 鉄板の上で脂がはじける。
その匂いで部屋は充満する。
莉犬「……っ」
るぅと「莉犬?」
莉犬「ごめ、ちょっと飲み物取ってくる!」
るぅと「いいの?ありがとう!」
ドリンクバーの前。
冷たい水をコップに注ぐ音だけが耳に入る。
水を入れたコップを手に取ると、力が入らずコップを落としてしまう。
莉犬「……っ」
思わずカウンターに手をつく。
頭がぼんやりする。
店員「大丈夫ですか?」
店員「お水、持っていきますよ」
店員「ここも片しておきますね」
莉犬「すみません…ありがとうございます笑」
生徒「おっ、帰ってきた!」
生徒「あれ、水は?」
莉犬「あー、店員さん持ってきてくれるって」
生徒「マジか、ありがとうー」
生徒「タン焼けたぞ!」
皿の上にはこんがり焼けた肉。
湯気と一緒に脂の香りが立ち上る。
莉犬「……いただきます。」
塩をつけて、一枚だけ口に運ぶ。
……上手く飲み込めない。
口の中の脂っこさが急に気持ち悪く感じた。
るぅと「莉犬?」
莉犬「……ごめん、水ある?」
るぅと「あるよ、どうぞー」
コップを掴んで流し込む。
それでも胃の奥が重い。
生徒「どうした?肉嫌いだったっけ?」
莉犬「ううん、塩つけすぎちゃった、笑」
生徒「初心者かよ笑」
二枚目に箸は伸びることはなかった。
十分ほど経った頃。
みんなは追加注文を始めていた。
カルビに、 ハラミに、 ウインナー。
その中で、莉犬の皿だけは最初の一枚を食べ終えたまま止まっていた。
るぅと「……一枚しか食べてませんよね。」
莉犬「…見間違いじゃない?笑」
るぅと「あります。」
莉犬「ほんとに平気だってば!!」
莉犬「心配しすぎ!!」
莉犬「……っ」
胸の奥がむかっとして、思わず口元を押さえる。
るぅと「莉犬?」
莉犬「ごめ…ちょっと、外の空気吸いにいく」
席を立とうとした瞬間。
足に力が入らなくて、 椅子がガタン、と小さく音を立てる。
店内にいた何人かが振り返った。
るぅとは反射的に莉犬の腕を支える。
るぅと「外、出よっか」
莉犬は苦笑いを浮かべる。
莉犬「…えへへ、ごめん、笑」
るぅと「…次の講義、行くんですか?」
莉犬「行くよ、笑」
莉犬「休んだらめんどいし笑」」
るぅと君は納得していない顔をしていた。
それでも、これ以上は何も言わない。
るぅと「無理だったら、声かけてね」
莉犬「うん。ありがと」
店へ戻ると、友達はちょうどデザートを注文しているところだった。
生徒「お、帰ってきた!」
生徒「アイス食べる?」
莉犬「いいや、もうお腹いっぱい笑」
生徒「えぇ!?女子やん笑笑」
莉犬「ダイエットだよ馬鹿笑笑」
その一言で済ませた。
まさか気持ち悪くて一枚しか食べられなかったなんて、言えるわけない。
るぅと君は何も言わず、水の入ったコップを莉犬の前へ静かに寄せた。
会計を済ませ、店を出る。
照り返しが眩しい。
莉犬「……。」
何も言わず、少しだけ歩く速度を落とした。
友達は楽しそうに話している。
生徒「昨日さ!」
生徒「それでさ!」
そんな会話が耳に入り、 相づちを打つ。
言葉を返すたび、少しだけ息が上がった。
額から流れた汗が顎を伝う。
暑い。
さっき冷房に当たり続けていた感覚が、まだ皮膚に残っていた。
莉犬「……っ。」
一瞬だけ視界がぼやける。
すぐに瞬きをして誤魔化した。
るぅと「莉犬…!」
莉犬「ん?どしたー?」
るぅと「……何でもない」
そう言って前を向く。
“気付かれてる”
それだけは、なんとなく分かっていた。
生徒「後ろの方、座ろうぜー!」
生徒「話長いし!!」
みんなが笑いながら前へ向かう。
莉犬もついていこうとする。
すると、るぅとがそっと袖を引いた。
るぅと「ここ、空いてます。」
莉犬「え?」
るぅと「あそこより静かだし…ね?」
莉犬は少しだけ笑って、小さくうなずいた。
莉犬「……ありがと!」
莉犬「るぅちゃんは天才だね!笑」
二人は何事もなかったように、教室の後ろの席へ向かった。
教室には先生の声と、キーボードを打つ音だけが静かに響いていた。
パソコンを開き、資料に目を通す。
時間が経つにつれ、体のだるさが少しずつ重くのしかかってくる。
冷たい空気を吸い込むたび、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
莉犬「……っ。」
莉犬「……ひゅ……。」
喉の奥でかすかな音が鳴った。
無意識に呼吸を浅くする。
大丈夫、まだ我慢できる。
そう思いながらペンを動かそうとするものの、思うように手が進まない。
やがて、机へ肘をつき、そのまま腕に額を預けた。
るぅとver
息を整えようとするたび、小さく空気の擦れる音が混じる音が隣から聞こえる。
やっぱり、 呼吸が浅い。
肩もいつもより大きく上下している。
先生に聞こえないくらいの小さな声で話しかける。
るぅと「……莉犬。」
返事はない。
もう一度声をかける。
るぅと「莉犬。」
莉犬「……ん。」
腕に顔を埋めたまま、小さく返事が返ってくる。
るぅと「苦しいですか。」
莉犬「……ちょっとだけね、笑」
バッグの中をちらりと見て、それから莉犬へ視線を戻す。
るぅと「吸入器は?」
莉犬「やだ」
るぅと「馬鹿言わないでください…」
莉犬「やだもんっ、…」
そう答えた莉犬は、もう一度ゆっくり息を吐いた。
莉犬「……ひゅ……。」
その小さな呼吸音に、気付かないふりをしながら前を向いた。
授業はいつの間にかに終わり、気づけば教室は僕と莉犬以外誰もいなかった。
るぅと「莉犬」
莉犬「あー…ごめんねぇ、」
莉犬「いこっか、」
るぅと「バイト…休むよね?」
莉犬「何言ってんの笑」
莉犬「休まないに決まってるでしょー、」
莉犬「お金ないし、人手不足だし」
莉犬「行って損はないじゃん?」
るぅと「でもっ、」
莉犬「るぅちゃん」
るぅと「わかった、」
るぅと「一緒に行こう?」
莉犬「うん、わかった」
普段なら何でもない段数なのに。
一段上るたびに息が上がっている。
莉犬「……っ、はぁ……。」
莉犬「げほっ、ごほッ」
顔色は悪い。
今すぐにでも止めたかった。
るぅと「急がなくて良いから、ゆっくり行こ」
莉犬「けほっ、ありがと…笑 」
本当は笑ってなんかいられないはずなのに、
莉犬は笑顔を絶やさなかった。
電車を降りると、見慣れた駅前の景色が広がっていた。
るぅと「じゃあ、僕はここで。」
改札の前で足を止める。
莉犬も立ち止まり、小さく笑った。
莉犬「うん。またね。」
るぅと「……。」
るぅと「本当に、無理しないでください。」
莉犬「大丈夫だって、笑」
またその言葉。
るぅと「お疲れさま、莉犬」
莉犬「るぅちゃんもね」
莉犬「今日、ありがとう」
莉犬ver
改札を抜けると、じりじりとした日差しが照りつける。
バイト先までは歩いて五分ほど。
莉犬「……暑。」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
胸の奥は相変わらず少し重い。
それでも、歩けないほどじゃない。
(あと少し。)
そう自分に言い聞かせながら足を進める。
商店街を抜けると、見慣れた看板が目に入った。
自動ドアが開き、冷房の冷たい風が頬を撫でる。
莉犬「おはようございまーす。」
いつもと同じ声で挨拶をする。
店長「お、莉犬!おはよう!」
厨房から顔を出す、姿が見えた。
店長「今日もよろしくな!」
莉犬「はい!」
教室で突っ伏していたことも。
焼肉をほとんど食べられなかったことも。
るぅとくんだけが知るこの苦しそうな呼吸も。
誰も知らない。
エプロンを身につけると、小さく深呼吸をした。
莉犬「……よし。」
そう呟いて、ホールへ足を踏み出す。
莉犬「いらっしゃいませー!」
団体客が店へ入って、 お昼後だというのに一気に店内が慌ただしくなる。
店員「莉犬くん、七番お願い!」
莉犬「はい!」
注文を取り、厨房へ伝え、料理を運ぶ。
いつもなら何ともない動きなのに。
今日は一本往復するだけで息が上がる。
莉犬「……っ、はぁ……。」
喉の奥から、小さく”ひゅっ”と音が漏れた。
店員「莉犬くん?」
先輩が振り返る。
店員「大丈夫?」
莉犬「……はい、笑」
笑って返す。
でも、その声は少し掠れていた。
料理を運び、お冷を補充する。
たったそれだけ。
それだけなのに。
莉犬「……っ、ゴホッ。」
咳が止まらない。
一度。
二度。
三度。
呼吸を整えようと息を吸う。
莉犬「……っ、ひゅ……っ。」
胸を押さえ、小さく息を吐く。
それでも苦しさは引かない。
店員「莉犬くん?」
店員「顔色悪いけど、大丈夫?」
莉犬「……だい、」
言葉が続かない。
息が足りない。
莉犬「……っ、ゴホッ……!」
咳き込みながら壁へ手をつく。
肩が小刻みに上下する。
店員「莉犬くん!」
先輩が慌てて駆け寄ってくる。
店員「ちょっと、座って!」
莉犬「……だい、じょ……っ、ごほっ!」
息が続かない。
胸の奥では、呼吸をするたびに”ひゅう……“という音が小さく響いていた。
店員「店長呼んで!」
その一声で店内が少しだけ慌ただしくなる。
苦しそうに肩を上下させながら、必死に呼吸を整えようとした。
(……迷惑、かけちゃう。)
そのことばかりが頭をよぎる。
店長「バックヤード行こう!」
先輩に肩を支えられ、ゆっくりと歩き出す。
ホールでは何事かとお客さんがこちらを見ていた。
その視線から逃げるように、莉犬は俯く。
バックヤードの椅子へ腰を下ろした途端、
莉犬「……っ、ゴホッ!」
浅い呼吸を繰り返し、苦しくて目を閉じる。
店長「喘息ある?」
莉犬「…っ、」
上手く力が入らない。
店長「救急車、呼んで。」
店員「はい!」
先輩はすぐにスマートフォンを取り出し、その場を離れる。
店長は俺の背中をゆっくりさすりながら、落ち着いた声で話しかけた。
店長「大丈夫。救急車来るから。」
莉犬「……っ、はぁ……。」
苦しそうな呼吸だけが返ってくる。
店長「誰でも良い、連絡先わかる子いる?」
莉犬「…こくっ、、」
店長「スマホ開ける?」
莉犬「…はぁっ、」
店長「この人だね?電話しとくから」
店長「大丈夫だからね…」
店内のざわめきが、少しずつ遠くなっていった。
ーーーーーるぅとver
いきなり病院から電話が来て、急いで準備をして向かった。
るぅと「間に合って……。」
小さく漏れた言葉は、人混みの中へ消えていく。
看護師「こちらでお待ちください。」
受付の案内を受け、るぅとは待合室の椅子へ腰を下ろした。
落ち着こうとしても、足先が止まらない。
さっきの講義。
突っ伏していた姿。
苦しそうな呼吸。
るぅと「……やっぱり。」
あのとき、もっと強く止めればよかった。
そんな後悔ばかりが頭をよぎる。
ガラッ。
診察室の扉が開く。
僕勢いよく立ち上がった。
るぅと「莉犬!」
ストレッチャーではなく、車椅子に座る莉犬が看護師に付き添われて出てきた。
酸素を吸っている姿に、るぅとは思わず息をのむ。
莉犬はゆっくり顔を上げると、目が合った。
莉犬「……るぅ、ちゃん。」
声は掠れていて、ハスキーにようになっていた。
るぅと「笑わなくていいです。」
車椅子の前にしゃがみ込んで、声をかける。
るぅと「無理しなくていいです、笑」
その一言に、莉犬の笑顔が少しだけ崩れた。
莉犬「……ごめんね」
るぅと「謝らないでください」
るぅと「今日は、ちゃんと休んでください。」
声が少しだけ震えていて、伝えられていたかなと心配になる。
莉犬「なんかね、弱ってたんだって体」
莉犬「困っちゃうよね、笑」
莉犬「ちょっとだけ入院みたい」
病室でそう教えてくれた。
るぅと「待ってますね」
莉犬「うん、そうしてて」
莉犬「店長さんに…謝っといて欲しい…はぁ」
るぅと「うん、わかった」
莉犬「あと、あと、…ふぅ」
莉犬「みんなに、今日ごめんって、はぁっ、」
るぅと「わかった、わかったよ」
るぅと「大丈夫だよ、ちゃんと伝えるから」
るぅと「もう寝ちゃいな?」
莉犬「もう、帰っちゃうの?」
るぅと「帰ってほしくない?」
莉犬「少しだけ…そばにいて欲しい」
るぅと「いるよ、ずっといる」
るぅと「だからおやすみ莉犬」
莉犬「おやすみ…るぅちゃん」
そう眠る莉犬の頭を撫でると、安心したように笑っていた。
コメント
2件

**はる。:** 第8話「夏バテ」、読んだよ!莉犬ちゃんの「大丈夫」って言い続ける感じ、めっちゃわかるし胸がギュッとなった…。るぅとくんの「無理しないで」の一言がずっしり響くし、バックヤードでのやり取りも切なかった。ラストの「ずっといる」でちょっと救われた。続きどうなるんだろ。