その日、帰り間際に樹からのLINE。
『ごめん。急遽親父に呼び出されて今日の夜食事に行くことになった』
そう連絡が入って、一緒に帰る予定を変更して一人で帰宅。
朝はあんなにも甘い時間を過ごしながら歩いた同じ道が、一人で帰る道はなぜか少し寂しく感じて。
今までそんなことを感じなかったのに、何気ない場所も道も樹がいることで、普通ではなくなる。
一人でいるこの部屋も、樹が一緒に食べてくれると思えば楽しく作れる料理も、自分だけに作ると思うとなぜかまた寂しく感じる。
一人の時は、ただ自分のためだけに作ってそれが当たり前だったのに。
元々料理が作るのは好きだし、それが自分のためか誰のためかとか、今までは特に考えることもなかった。
だけど、今はこの部屋で樹が喜んでくれるために料理を作っている自分に変わっていて。
何気ない当たり前のことも、樹といることで一つずつ意味のあるモノに変わっていく。
こんな風にいつの間にかこんな当たり前の生活の中でさえ、樹は自然に存在しているんだな。
一人で平気だった自分は、いつの間にこんな風になってしまったのだろう。
普通の生活の中でさえ、樹がいないと寂しく感じる自分にいつからなってしまったのだろう。
「ただいま」
「おかえり樹」
そして、こうやって私の元へ帰って来てくれる樹を見ると、すぐにそんな寂しさはなくなってしまう。
だけど。
少し前の会えなかった時よりも、一緒に暮らしていつでもずっと会える今の方が、樹を近くで感じられているはずなのに、なぜか今の方が樹が恋しくなる時間が増えた。
「パワー充電していい?」
「いいよ」
そう言って樹はソファーに座ってる私の隣に同じように座り、いつものように隣から後ろに腕を回し両手で私を抱き締める。
「どした?疲れた?」
「うん。早く透子のところに帰りたかった」
「私も寂しかった」
「透子も?」
「うん。別にこんな時間くらい一人で全然平気だったのにね。朝だってお昼だって一緒だったのに、ただ少しいれないだけで寂しく感じるなんてね」
「オレも。一緒。今はこんなにずっと近くにいるのにまだ透子とずっといたい」
自分だけ寂しくなって恋しくなってるのだと思ってた。
だけど樹も同じように感じてくれていた。
「でも家族の時間も大事だもんね。久しぶりだったの?二人での食事」
「あぁ・・うん。てか、二人だけじゃなくてさ」
「そうなの?誰かも一緒だったんだ?」
「うん。実は今日呼び出されたの、また親父が新たにオレの結婚相手紹介したいからだった」
「え・・?」
「大丈夫。透子心配する必要ないから。ちゃんと断ってきた」
「その場で?大丈夫なの・・?」
「関係ないよ。もう前のオレとは違う。前の時は、オレに力が無くて周りを守ることを優先にしてたからすぐに断ることが出来なかった。だけど今は何も問題ない。うちの会社も母親の会社も今は順調だし、オレが会社の為に結婚する必要はない」
「うん・・」
「透子以外の人と結婚なんて考えられないから」
改めて樹はそういう環境から逃れられない人なんだと改めて知る。
なんとなく、寂しく感じたり恋しくなったりしてたのは、どこかでこのことを予感していたのだろうか。
「だけど。親父の許しがもらえない以上、きっとこういうことはつきまとってくるんだと思う。今日いい機会だから透子との結婚も報告しようと思ってたのに、まさかこんな形で先越されるとは・・・」
「そっか・・・」
「なかなかオレも親父も時間取れなくて。前々から話があるから時間作ってほしいって伝えてて、てっきりオレそれで作ってくれたと思って行ったんだけど・・」
「お互い忙しいから仕方ないよね」
「でも今日断ったことで逆にオレの気持ちは伝えやすくはなった。オレには自分で決めた大切な人がいるって親父には伝えた」
「うん・・」
幸せすぎて少し忘れかけていた。
樹がそういう立場の人だったってこと。
ずっと決められた人生を過ごして、きっと樹の結婚も本来なら親が決めた相手とだったのかもしれない。
だけど、樹は私と出会ったことで、きっと予定通りじゃない人生を進もうとしている。
それは親としてはどういう気持ちなのだろう。
やっぱり樹が何を言っても、それは覆せないことなのだろうか。
樹と気持ちが通じることが出来ても、結婚はまたそれで出来るワケじゃないのだと改めて気付く。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!