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泣ける…うぅ翔太くんイケメンだ…ていうか天才ですか?
「はあ、こんなことも出来ないのか」
「申し訳ありません……」
私は今日も上司や取引先に頭を下げる。私は鈴木麗奈、26歳だ。社会人になって数年経ったにも関わらず、仕事ではミスを連発し謝罪を繰り返す毎日。他の就職先を両親に許してもらえず、解雇されると仕事が無くなるという理由だけで今日もこの会社に通っている。普通なら解雇されていてもおかしくない。
そんな私にあった唯一の楽しみは、ノベルゲームだった。課金はできないため、ウェブ上でダウンロードをせずに遊ぶことのできる作品を探していた。そのようなことを数年続けていたため、検索をして上位に出てくる物は大抵プレイし終わってしまった。かなり時間をかけて検索結果を下へ下へとスクロールすると、興味深いものが視界に飛び込んできた。
「この子と遊んで見てください?」
その作品は、無料ゲーム投稿サイトにあった。クリエイターは大して人気というわけでもなく、それしかゲームを投稿していなかった。私は不思議に思ってリンクをクリックした。
画面には、純黒の髪と瞳をした10代前半くらいの少年がいて、こちらを柔らかな笑顔で見ていた。そして爽やかな声が流れてきた。
「僕は花海翔太って言うんだ。君の名前は?」
すると、名前を入力するためのテキストボックスが出てきた。私は、SNSで使っているニックネーム「リラ」を入力した。
「リラちゃん、よろしく!」
翔太は時々喋り、それに対する答えをプレイヤーが入力して仲を深めるという内容のゲームだった、家、学校、公園、ショッピングモールと場面が切り替わり、それぞれで楽しい会話をした。
しばらくして、もう1時間半以上このゲームを遊んでいたことに気がついた。時計を見ると、もう23時を回っている。私は慌ててパソコンを閉じて充電ケーブルに接続し、布団に潜り込んだ。
目を開けると、知らない場所にいた。美しい花が咲き誇り、線路が一本敷かれている。どこか懐かしさを覚える光景だった。私が綺麗すぎる花々に心を奪われていると、頭上から聞き覚えのある声が降り注いだ。私は顔を上げた。
「リラちゃん、だっけ。また会えたね」
声の主は翔太だった。私は目を丸くし、再会を喜んだ。
「実は、どうしても君の声を聞いてみたかったんだ。それで会いにきちゃった」
年齢にそぐわないほど無邪気なことを言う翔太に、私は思わず微笑んでいた。辛いことが続き笑えていなかった私に、彼は笑顔を再び教えてくれた。
翔太とはたくさん遊んだ。飛び回る色とりどりの蝶々を追いかけたり、花を摘んで名前をクイズにして出し合ったり。私が休憩していると、翔太は立ち上がってこう言った。
「僕、あそこにある花を摘んでくるから少し待っててね!」
彼が指差した先は紫色の絨毯のような花畑だった。どんな花が咲いているのかはよく見えなかった。翔太は数分後、花束を抱えて戻ってきた。薄紫色の可憐な花に私は思わず見惚れていた。
「この花はね、ライラックって言うんだ。なんでこの花にしたかと言うと……」
翔太の言葉はそこで途絶え、だんだんと視界が歪んできた。私は倒れないよう必死になったが、渦巻き色のおかしくなる世界でそんなことをするのは不可能に等しかった。私は意識を失い、次に目覚めた時は自分の部屋のベッドにいた。
先ほどの出来事は全て夢であった。まだ花畑の暖かい感触が残っている自分の体と、それに反して冷たい現実世界に混乱しながら私は体を起こした。パソコンを一瞬だけ開いてゲーム画面のスクリーンショットをスマホに転送し、待ち受けにした。これでいつでもゲームや夢の感覚を思い出せる。
夢の心地よさから私は思わず笑みをこぼした。それでも、金を稼ぐためだけに私は今日も会社に行く。嫌な上司がいて、嫌な先輩がいて、嫌な後輩がいる会社に、だ。夢から覚めたくなかったためか、スーツを着てバッグを持つ体の動きは重たかった。トースト一枚で朝食を済ませ、遅刻して怒られないよう早めに家を出た。
今日も通勤する道は混雑していた。通行人のほとんどが学生や社会人。車もひっきりなしに道路を走っている。いつかこんな忙しさの無い世界へと旅立ちたい。私はそんな願望を胸に潜めながら、信号を待っていた。
信号は青に変わった。私はそのまますぐに歩き始めた。他の人々が顔を青くして歩みを止めたことにも気が付かずに__。
数秒後、私の体は宙を舞っていた。ほぼ身体中の感覚が無くなっていた。叫び声を上げる人々と鳴り響くクラクションに目を閉じ耳を塞ぎたくなったが、手は動かなかった。
「人がトラックに跳ねられたぞ!」
「誰か救急車を呼んで!」
救急車なんか呼ばれたくなかった。この苦しい現実から解放されて、そしてあの人、翔太に会えるのなら、命だって手放しても構わなかった。そのまま眠りにつこうとしたが、不穏な映像が頭の中を駆け巡った。
「はあ、また100点取れなかったの? これじゃあいい大学に行けないでしょう」
一生懸命成績を上げて、大学に合格したとしても。
「お母さんの知らない企業なんか認めませんからね!」
ようやく就職できたとしても。
「あんたちゃんと仕事してるんでしょうね? そうじゃないっていうんならお母さんが見に行くよ」
私は幼い頃に父親を亡くした。それから母親は壊れてしまい、私に全てを求めるようになった。私が小学校に上がる前からそうだったと思う。私は、それが当たり前だと思いながら暮らしていた。
でも高校に上がると、キラキラして充実した生活を送っているクラスメイトが周りにいた。そんな人々が羨ましくなってしまい、母親に反発することも増えた。彼女は私が反抗するたびに力で捩じ伏せてきて、逆らいようがなかった。
就職してやっと一人暮らしを許されても、職場での人間関係がうまくいかず悩みは消えなかった。しかも毎日母親からの電話がかかってくる。ストレスだらけの生活だった。そんな生活は私の死の直前まで続いていた。楽しいことなんて、ゲーム以外に無かった。
だから、ゲームの世界に入れるなら、あの世に行きたいと思っていた。そのことを思い出させるためなのか、過去の記憶が一気に蘇ってきた。
再び目を開けると、私は雲の上にいた。ふわふわと空中を漂っている。どうやら天国に来られたようだ。私はすぐに真っ黒な頭を探した。そう、翔太の姿である。
彼は簡単に見つかった。容姿の特徴も、雰囲気も周囲の人とは全く違ったからだ。
「あ、あのっ!」
「どうしたの?」
翔太はまるで天使のような笑顔で振り向く。私は、自分の身にあったことを全て打ち明けた。もちろん、夢の言葉の続きも。
「実は、僕がライラックの花束を君に渡したのはね、ライラックってリラだからだよ」
一瞬意味がわからなかったが、話を聞くと、自分が入力した名前である『リラ』はライラックの別称であるから翔太はあのような花束を作ったのだった。
「ライラックは小さな恋の象徴でもあるんだ。でもね」
翔太は、ずっと大切に抱えていたであろう花束をそっと置き、私にふんわりと抱きついてきた。
「ここにいられるんだったらさ……永遠の愛でもいいよね?」
私は思わず大量の涙を溢れさせていた。ようやく幸せを手に入れられたのだ。翔太には改めて感謝の気持ちでいっぱいだった。
今は、私と翔太の薬指に、レッドダイヤモンドとダイヤモンドの指輪が光っている。
ーEND