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まだ休憩の時間はある。
レトルトさんのさっきの仕草が気がかりで、ペットボトルを持ったままその姿を追いかけた。
撮影場所から数十メートル離れたベンチに彼はいた。
「…レトルトさん」
俺の声に少し驚いた顔をして、またいつもの無表情に戻る。なぜ来たのか察したのか、ベンチのスペースを少し空けてくれた。
「なに?」
先に口を開いたのはレトルトさんだ。その声は迷惑そうで、俺の顔も見ずにそうぶっきらぼうに聞いた。
「誤魔化さないでいいですよ。
痛みますよね、手首」
彼はハッとして咄嗟にまた手首を隠す。
表情は気まずそうで、俺に悟られたことが悔しいようだった。
「すみません、俺がもっと早く気付いていたらあなたに怪我なんてさせてなかったのに…」
「いや…君のせいじゃ…」
「手、貸して」
俺はレトルトさんの言葉を遮って先ほど捻ったであろうその手にそっと触れた。少し骨張ってすらっとした綺麗な手。日頃からしっかり手入れをしているようなそのキメの細やかさに驚いた。
レトルトさんが一瞬体を強ばらせたのがわかった。
「君さ、これだけ心配してくれるのは嬉しいけど…役者だよ?こんなこと日常茶飯事でしょ」
レトルトさんは視線を逸らし、フランクさを装った声で言った。けれど、俺の指先が赤く腫れ始めた手首の骨に触れると、彼はわずかに眉を寄せ唇を噛んだ。
「そんなこと言わないでください。ここ、かなり熱くなってますよ」
俺は持っていた冷えたペットボトルをその患部へそっと当てた。
「ひっ…」と、レトルトさんが喉の奥で小さな声を漏らす。
「冷たい。やりすぎだよキヨくん」
「やりすぎなのはレトルトさんの方です。痛いなら現場ですぐに言ってください。あんなに完璧に隠されたら俺、自分がどれだけあんたを傷つけてるか気付けない…」
俺の言葉には、自分でも驚くほどの熱が混じっていた。
単なる共演者への申し訳なさじゃない。この綺麗な手を、この人を、自分の未熟さのせいで汚してしまったような、耐えがたい悔しさが胸を突く。
レトルトさんはしばらく黙っていたが、 毒気を抜かれたように笑った。いつもの完璧な「俳優の笑顔」じゃない、少しだけ困ったような、素の笑みだ。
「君は本当に真っ直ぐだね」
「え?」
「さっきのシーン、君の熱に驚いた。痛みを忘れるくらい君の芝居に引き込まれてたんだよ。だから責任、感じなくていいから」
レトルトさんが、もう片方の手で俺の頭を軽く撫でた。 子供扱いされているような、でも特別な親愛を込められたような仕草。
その瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「あの…レトルトさん」
俺は彼の前に向き直る。
「俺、もっと上手くなります。あなたに怪我をさせないくらい」
それから、と俺はペットボトルを持つ手に力を込めた。
「役としてだけじゃなく、俺自身としても、あなたのことちゃんと見守らせてください」
レトルトさんの瞳が見開かれる。お互いに見つめ合うようにしてそこに流れる静寂。
撮影再開を告げるスタッフの声が遠くで響いたけれど、俺たちは繋いだ手をすぐには離せなかった。
To Be Continued…