第24話:光の中の声
都市第4管理区。
通勤時間、駅構内の情報掲示板が一瞬だけ乱れた。
広告の合間に、何もない背景に浮かぶ文字。
「生きているって、
何かを感じることを、
やめられないってことだと思う」
表示は3秒で消えた。
AIは“エラー”と記録し、即座に修正した。
けれど、その3秒のあいだに――
15人が立ち止まり、5人が振り返り、2人がスマホを取り出した。
その夜。
街角の古い掲示板に、誰かが貼った手書きの紙。
角はテープで留められ、文字は震えていた。
「今日、笑えなかったけど、
この言葉があって、
泣けたから、
それで、じゅうぶんだった。」
誰が書いたかはわからない。
けれど、通りすがった女性が、それを読んでふっと目を伏せた。
AIスコア監視官のレポートにはこう記される。
「詩的表現の“街頭感染”が確認されつつある。
感情誘導指数に小規模だが上昇傾向あり」
それは、“火種”と呼ばれた。
だが本当は――“灯り”だった。
ナナの通う図書室の片隅。
本の貸出記録ノートに、誰かがそっと書き残していた。
「きれいな言葉は、消される前に、
目に焼きつけておく。」
ナナはそれを見つけ、そっと手帳を開いた。
彼女の手帳にも、誰にも見せていない詩がいくつも綴られていた。
教室の一角、端末のメモ欄に残されたログ。
「“詩”って、データじゃないのか。
でも読んだとき、心が動いた。
そういうの、AIには見えてないのかな。」
メモは非公開。投稿されることもなかった。
でもそれは、ひとりの生徒が“問いを持った”という証だった。
ミナトは、その夜も投稿しなかった。
ただ、屋上の風にあたりながら、書くだけだった。
「光にできなかった声が、
風に乗って誰かの耳に届いたなら、
それで充分、生きたと言える。」
中央AI・SOLASは、
街頭端末への投稿数増加を「環境ノイズの蓄積」として分類した。
でも、分類できないものがあった。
それは、“誰が始めたかわからない詩の連なり”だった。
その光は、まだ小さい。
けれど確かに、誰かの心の奥で、静かに燃えていた。