「――父上。用事ってなんでしたか」
「おお、ラーシェか。パーティーは楽しめたか」
「はは、まあ、去年よりかは。ああ、後、暴れていないんで! あの、心配なく!」
言い訳のように言っては、頭を掻く。
ゼロに案内されるまま向かったのは、大きな天幕。明日に備えすでに明かりの消えている天幕もあり、周辺はとても静かだった。ゼロがあまりにもにおいをかいで「こっちだ」なんて犬のようなことをするから、笑いをこらえるので必死だった。だが到着してみれば、そこにクライゼル公爵がいて、身が引き締まる。くぎを刺されて、パーティーに参加していたかだら。
俺が何もなかったと伝えると、公爵はそこまで興味がないようにそうか、と一言言ってゼロと俺を交互に見た。
公爵は俺の行動に呆れて勘当を言い渡すキャラと認識しているが、俺が心を改めると宣言したことをあの老執事から聞いていたらしく、しばらくは様子見だと、放任主義のスタンスをとってくれているようだった。ゼロの信頼を得たとしても、公爵にお前は家から出て行けと言われてしまったら、モブ姦エンドに近づいてしまう。だから、公爵に胡麻をするとか、公爵の前ではいい子でいるとか、まだまだ気が抜けない。それに、公爵だって俺がそういう打算がある、いい子でいるには裏があると思っているだろうから、少しでも変な行動をしたらばっさりと切られてしまうだろう。
家にあまりいない公爵のことを、俺はよくわからないから、というもの理由の一つにある。
「ラーシェ、変わったな」
「そ、ですか……?」
公爵は、俺のほうを向くと、何かを懐かしむような、それでいて少し寂しそうな顔をした。どういう感情が込められている顔なのか、はっきりとはわからず、俺は、はい、とかペコリと頭を下げるしかなかった。公爵とのつながりはそこまで強くない。というか、家を空けていることが多いから家族としての会話をしていない。だから、他人のように思ってしまうのだ。それでも、息子である俺のことを見てきたような顔で優しい言葉をかけるのだ。
なんだか調子が狂う。
「今回の狩猟大会もまた駄々をこねると思って、広めにスペースをとったが不要だったか」
「いや、駄々って。もう、だら俺は子供じゃないんで」
「だが、もったいない。あっちに少し狭いがお前用の天幕を用意した。そこで今日は休むといい。あまり家に帰ってこれなくてすまなかったな」
「……っ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
片言になった。
公爵がまさかそんな言葉を言うなんて思ってもいなかったからだ。そして、本当に去年までの俺はなんてことをしてきたんだと頭が痛くなる。普通なら天幕の数とその家が使えるスペースは序列順に決められており、位の高い貴族はそれはもう広くスペースを使える。だが、それ以上に俺はスペースをとらせてしまっているのだ。わがまま貴族が過ぎると、俺は使わせてもらうといった手前、使うのが申し訳なくなってきた。
これから違う用事があると公爵は天幕の奥のほうに行ってしまい、取り残された俺とゼロは顔を見合わせて俺用の天幕に移動することにした。天幕の中は、確かに先ほどの空間とは違って狭かったが男二人がいてもまだスペースが余るくらいで、とても広々としていた。もし、去年までの俺だったらゼロは外で寝ていろとこのスペースを占領しただろう。だが、そんな大人げないことはもうしない。
「ゼロ、明日に備えて早く寝るぞ」
「ああ、そうだな」
「何かつれねーの。さっきのことまだおこってんのかよ」
「いや。それもあるが」
あるのかよ……と思いつつ、ゼロはどこか上の空といった感じで天井を見上げた。
「主と、公爵の仲を詳しく知っていたわけではないが、しっかりと家族をしているな……いや、言い方がおかしいか。家族らしいな、と思ったんだ」
「それって、つまりうらやましいって。いや、ごめん、この話はやめよう」
「いい。俺が振った話だ。主もまさか、そんなふうに思われているとは思ってもいなかった顔をしていたからな。そういう場合もあるのかと思ったんだ。俺はそうじゃなかった」
と、ゼロはさみしそうにターコイズブルーの瞳を揺らしていた。
ゼロにとって家族は血のつながりだけで、いないも動議だったのだろう。誰も気にかけてくれなくて、ずっといじめられて邪魔者扱いされて。それでも、小さかったゼロは血のつながっている家族、例えば伯爵に少しの期待をしていたのではないかと。いつか助けてくれるのではないかと、そんな期待を。
だから、ゼロはうらやましく思ったのだろう。そして、感傷的になって、目を伏せる。
俺は、そんなゼロに何かしてやりたくて、でもパッと思いつかなかったから、思わず正面から抱き着いてしまった。俺が悲しいとき、めっちゃおぼろげだけどこうして家族の誰かが抱きしめてくれた気がしたから。別に、ゼロにそれを感じてもらおうとは思っていなかった。むしろ、嫌がられるかもしれないと、抱きしめてから思った。
「……主は、温かいな」
「お前が冷たいだけだろ。でも……そう、大丈夫だからな。ゼロ」
何が大丈夫なのだろうか、と自分で突っ込みを入れたくなった。だが、ゼロは心を許してくれたように、俺の背中に手を回す。誰かがみたらそういう関係だと勘違いされてしまうかもしれない。
そんなふうに、しばらく抱き合った後、俺の大きなあくびを見てか、聞いてかゼロは俺から離れた。胸元辺りを何度か撫でてからゼロは俺を見て数度瞬きする。
「眠いのか、主」
「んーまあ、な。いろいろあったし。つっても、本番は明日……でも、肩こったかも」
「……俺が、マッサージをする」
「え、いや、マッサージしろとは言ってないんだけど。んぎゃあ!?」
ポキポキと関節を鳴らすと、マッサージが必要かとゼロは俺の話を聞かずに体を持ち上げる。頼んでいないから下ろせといったが、簡易ベッドにおろされてしまったらもう逃げ場はなかった。
これも善意。そう、これも善意なのだ、と言い聞かせて俺は突っ伏す。
「痛くするなよ。あと、力加減。お前、握力やべえから」
「さすがに、骨は折ったりしない」
「いや、折ったらお前の骨百本折るからな」
「主の力では折れないだろうな。そもそもハンマーを持てる力もないだろう」
嫌味のつもりで言えば、正論と二発くらいのストレートを食らったので、俺は口を閉じた。相手が無自覚かは知らないが、ゼロに口で勝てる気がしなかった。俺の悪役っぽい口調と、ゼロの堅物ストレートでは、ゼロのほうに分配が上がる。
それと、ゼロの握力がヤバいのは本当で、ゼロの新調した剣は俺なんかじゃもてないほど重かった。それをゼロは軽々持ち上げてたまにブーメランのように投げるものだから恐ろしくて近づけない。そんな力でマッサージをされてみろ。体の骨という骨が全部折れるに決まっている。
「待て! 服脱がす必要、おい!?」
「筋肉の位置は把握しておきたい。服の上からじゃ、若干分かりにくいからな」
「そ、その、手の専門の人かよ。お前は。もう、好きにしてくれ」
別に、ゼロがマッサージが下手とかは思っていない。ただ、痛くなくて気持ちいならいいと任せることにした。服を脱がされたときはびっくりしたが、外気に慣れればきていても、きていなくてもそこまで大差ない。
ギシィ、とスプリングを縦ながらゼロがベッドにのり、俺の背中に冷たくて大きな手を当てる。そこから、グッと指圧をする。ゼロの指が触れるたび、背中がザワザワとする。それがなんだか気持ちよくて俺は思わず声を漏らす。
「ん……っ」
「主……」
「あ、いや。その、ちょっと痛いというか。いや、いた気持ちい? 大丈夫だから、ん! そのままで」
「そうか。ならいい」
ゼロの吐息が首に当たってくすぐったい。だがそれは言わないことにしておいた。ゼロは、俺の反応に少し笑ったように感じたが気のせいだろうか?
ゼロは、俺の反応で気をよく下のか少しマッサージの圧を強める。こねるように指を動かしながら、肩甲骨と背骨の間を押す。
「あ、そこ……っ」
「……主、あまりそういう声を出されると」
「え? ああ、悪い。でも気持ちいいから」
「……ならいいが」
思った以上にうまかった。想像以上。これだったら、ずっとやっていてもらっても問題ないな、と俺は鼻歌を歌いたい気分だった。
ゼロの意外な才能を目の当たりにしつつ、絶妙な力加減で俺はだんだんと眠くなってくる。このまま寝たいが、マッサージをしてくれるゼロのことを考えたらそれはいけないなと思った。俺はあくびをかみ殺すのに必死だった。
「ゼロ……も、いいよ。ありがとう」
「いや、もう少し」
「俺がいいって言ってるのに、本当に聞かない駄犬だな。お前! んにゃぁっ!?」
俺が変に抵抗したせいもあってか、ゼロの指が俺の腰元に触れた。それは偶然で、事故のはずだったのだが俺は敏感に反応してしまったのだ。
ゼロが驚いたのが分かった。いや、俺も自分自身の反応にびっくりしたからだ。そして、口を閉じて止まったゼロと顔を合わせることになってしまう。ああもう!
「主……今のは……」
「……っ」
「その……悪かった」
いや、違うんだ、これは。そんな言い訳をしようと思ったが、何を言っても墓穴を掘る気がしたからやめた。だが、体を起こして振り返ったのがまずかった。
ゼロは、ターコイズブルーの瞳をこれでもかというくらいに見開いて俺のある一点を見つめていたからだ。
「あ、るじ……胸」
「胸……っ!? おま、お前、今見たか!?」
俺がそう聞くと、ゼロは弾かれたように我に戻ったのか「ああ」といった。いや、「ああ」じゃなくて「見てない」と言ってくれたほうが配慮してくれたとわかるのだが。
(クソォ……っ、絶対、いじられる……!!)
それは、秘密というほどの秘密ではないが、あまり人に知られたくないことだった。
(まさから、この身体が、俺の胸が、陥没乳首だなんてっ!!)
一生の恥だ。
しかも、引っ張れば出てくる微妙な陥没具合。それがぷっくりしてるし、主張するようにピンクで、男らしくない。いや、乳首に男らしさもあるか! と言われればそうだが、あまりにもぷっくり陥没乳首なので見られたくなかったのだ。ゼロはそれをばっちり見たと「ああ」と言ってからようやく首を横に振って「見ていない」と訂正した。
クソ……マジで、最悪だ。
「今のは見なかったことにしろ。ゼロ、絶対だからな!」
「別に恥ずかしがる必要など……」
「わかったな!」
「……御意」
何を強制しているのか自分でもわからなかった。だが、ゼロの視線が生暖かく、そしてぎらついたものになったことを俺は見逃さなかった。まさか、俺に欲情しているではあるまいなと、俺はサッとシャツを着てボタンを閉めた。ゼロはその間にベッドから降りて、反省するように床で正座をした。だが、さすがに床で寝るのはかわいそうだと、近くにあった椅子を指さしそこで寝るよう言ったら、おとなしくその椅子に座る。
俺は簡易ベッドの上で寝転がって毛布に体を埋める。
「……ゼロ、おやすみ」
「ああ、おやすみ、主」
さすがにそれは言っておこうと俺が口にすれば、まだ寝ていなかったゼロが低い声でそう返してくれた。俺は、律儀なやつ、なんて思いながらさっきの醜態を一刻も早く忘れようと目を閉じたのだった。
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