ばたばたと学祭のことが進んでいき、ついそちらに気が取られていたが、気が付けば約束を取り付けた藤澤さんの誕生日当日となっていた。
「せっかくの誕生日なのにここでよかったんですか?」
もちろん、と元気よく藤澤さんは頷く。
「僕の大好きなお店だもの」
ここは初めて藤澤さんとご飯に来た例のオムライスのおいしい定食屋。せっかくだから、といろいろおしゃれなお店をリサーチしていたのだが、藤澤さんに聞くとここがいいとの一点張りだった。
「あぁ、でもここに初めて大森君と来たときは一緒に学祭ライブ出ることになるなんて思いもしなかったなぁ」
ベースに高野さん、ドラムに山中さんを迎えることが決まった俺たちは、学祭ライブへの出場申し込みも済ませていた。気が付いたらあの確定新歓の日から1週間以上が経っているので時間の流れの早さには驚くしかない。その間に無事に顔合わせも済ませ、例の曲ともうひとつ、盛り上がるようにメジャーなJロックの曲を1曲やることも決まった。とりあえずはそれぞれに練習。皆の予定が合いそうな火曜の夜に毎週集まって合わせることになっている。
「久々のライブだぁ~わくわくしちゃうなぁ!」
嬉しそうな藤澤さんにつられてこちらの頬も緩む。藤澤さんがオムライスを食べ終わった頃合いを見て、店員さんにそっと目配せをする。準備はすでに済んでいたらしく、すぐにその店員さんが何かプレートを運んでくる。
「「お誕生日おめでとうございます!」」
運ばれてきたプレートが藤澤さんの目の前に置かれると同時に俺と店員さんはそろえてお祝いの言葉を口にする。藤澤さんは目を白黒させながら
「えっ、あっ、え~!ありがとう!えっ、うれしい……」
運ばれてきたのは誕生日仕様にデコレーションしてもらったデザートプレートで、特別に用意してもらったものだ。プリンが好きだと話していた藤澤さんのために、何とかお願いできないかと店のおやじさんに相談してみたところ、なんと昔には洋菓子屋で修行していた経験もあるとかで快く了承してくれたのである。プレートにはほかにシフォンケーキと可愛らしいクッキーに小さなアイスまでついており、さすが、と舌を巻く。
「いつも店に来てくれる藤澤君が誕生日だからサプライズでなんかしたいってこの子がいうもんだから、はりきらせてもらったよ」
いつのまにかテーブルのそばに来ていたおやじさんが笑う。
「え~、すごい……ほんとありがとうございます……!うわ、うれしいな~」
藤澤さんたらちょっと涙ぐんでいる。おめでとう、まぁゆっくりしてってくれ、とおやじさんと店員さんが席を離れた。にしてもあの強面のおやじさんからこの可愛らしいプレートが出てくるとは。特別に作ってもらったプリンはちょうど藤澤さん好みの固めカラメル苦めらしく、興奮したようにすごいを連発している。
「大森君も一緒に食べよう!」
はい、とスプーンにプリンをすくって差し出してくれる。えっ、と俺はつい動揺してしまってから、何を動揺することがあるんだ男同士なのに、と思い直す。別にいわゆる「あーん」なんて若井とは気にせずやってるじゃないか。そうだ、藤澤さんは年上だし、なんかちょっとかわいいところがあるから動揺しただけで……いや先輩に対してかわいいとか失礼だろ。長野でもアイスひとくちずつ交換して食べたし。いやでも、
「あれ?もしかして大森君プリン苦手だった?」
固まってしまった俺を不思議そうに藤澤さんが見つめる。思考の渦から引き戻された俺は慌てて首を振り、ありがとうございます、と藤澤さんの差し出したスプーンに顔を寄せる。緊張で顔が熱い。きっと赤くなってしまっているに違いない。変に思われてないといいけど。おいしいですね、と微笑んでみせたが、正直味は緊張のせいでいまいちよく分からなかった。恥ずかしさをごまかすように
「そうだ、プレゼントがあるんです」
といってかばんにしまっていた小さな箱を取り出す。
「えっ、そんな!プレゼントまでいいの?」
うわ~なんだろう、ありがとう~と言いながら藤澤さんが封を開ける。小さな箱の中身はピアス。青みがかかった薄紫の小さな石がついた落ち着いたデザインのものだ。
「わっ、かわいい」
「誕生石って実は月ごとじゃなくて日ごとにあるんです。藤澤さんはカルセドニー。せっかくだから誕生日にちなんだものがいいかなって」
「そうなんだ!うわ、知らなかったな~、おっしゃれ〜……ほんと嬉しい!」
「今つけてるの、少し傷が入っちゃってるから、新しいのどうかなぁって思って」
そういって藤澤さんの右耳についた緑色のストーンピアスを指さす。髪をあげていると存在感のあるそれはストーン部分に小さいがこの距離でもそれと分かる傷が入っているのだ。
あっ、と藤澤さんが戸惑ったようにそれをそっと触る。少しためらったように口を開く。
「あぁ、でもこれも人からもらったものだから何となく外しにくくて……ちょうど新しく開けたいなって思ってたところだから、これはそこにつけさせてもらうね!」
確かに人からもらったものだと話していたっけ。これは余計なお世話だったかもしれないと肝が冷えたが、「かわいい」「つけるのが楽しみ」「本当にありがとう」と心底嬉しそうにしている藤澤さんを見ているうちに気にならなくなってしまった。
でも俺は、この頃の藤澤さんの発言や態度をもっと気にするべきだったのだと、後から後悔することになる。
※※※
涼ちゃん誕生日回でした!
もっくんは涼ちゃんのことを完全に意識しつつありますが、まだ自覚はしてないという……。
日ごとに誕生石があるのは、この話を書くにあたって誕生石を調べる際に初めて知りました!
涼ちゃんの誕生日、カルセドニーは成分の含有量によっていろんな色があるみたいです。
コメント
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2人の距離感が狭くなるのか楽しみです! 後悔するとあったのがめっちゃ気になります( -᷄ω-᷅ )💭
いやぁ、なんで後々後悔しちゃうんだろう気になるぅぅぅ👀今回も神作ありがとうございます😊😊
誕プレのセンスが素敵すぎる~!✨ 二人で涼ちゃんのお誕生日お祝いしてる様子がかわいすぎてにやけちゃいます