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《地下シェルター》
「ん……」
目を覚ましたとき、そこは暗く静まり返った地下の避難所だった。
少女が一人、魔皮紙を広げて何かを書いていた。
「これでここにルカおばさんに行ってもらって……その間にユキナが植物を操って……いえ、ダメです。物理的に干渉すれば、あの魔眼が……」
魔皮紙は何枚も破られ、赤いバツ印が乱雑に散っていた。
「あ、あの……」
「っ!? アオイさん! 起きたんですね!」
「うん……ちょっと記憶が曖昧で……いま、どうなってるの?」
「アオイさんは過度なストレスで呼吸困難を起こして倒れたんです。でも、そういうのに詳しいキールさんが居てくれて、すぐに対処されました。今はもう、大丈夫だと思います」
「……ごめん。迷惑かけちゃったね」
「いえ……むしろ、今の状況ではアオイさんが起きてくれて、本当に助かります」
少女――ユキは手元の魔皮紙をすっと広げ、魔力を通して情報を浮かび上がらせた。
「これを、見てください」
そこには、魔王【メイト】の能力に関する細かい魔法的分析が記されていた。
「魔眼は、メイト自身の魔力を用いて発動されます。使えば使うほど消耗しますが、その効果は範囲によって変動します。狭い範囲であればあるほど、少ない魔力でより強力な重力をかけることができる……と推測されます」
「……なるほど」
「そして、キールさんの【目撃護】も同じように、対象が増えるほど魔力の負担が増える性質を持っているようです。ただし、魔皮紙――つまり魔物由来の素材は“対象外”みたいで」
ユキの指が魔皮紙の一点をなぞる。
「今まで、魔皮紙は鎧の内ポケットにしまわれていたので、キールさんも気づいていなかったみたいなんです。でも、それに気づいてからは――」
「魔皮紙も何も持たずに、ひたすらメイトの魔力を削ることに集中してるってわけだね?」
「はい……現在、キールさんは一人でメイトと向き合い、魔眼の力を引きつけながら“我慢比べ”をしてくれています」
「……」
「もちろん、メイトも殺す隙があればキールさんを殺そうとするはずです。だからこそ、魔眼の力を絶えず向け続けなきゃいけない。緊張と消耗の中で、キールさんはその一点だけを見て戦ってくれているんです」
「……それだけじゃ足りないんだよね?」
「はい。メイトの魔力をもっと削るために、ルカおばさんとユキナさんが隠れながら援護しています。ですが、それもすべて見透かされてる。メイトは魔力の消費を最小限に抑えつつ、来た攻撃だけ圧縮して無効化しているみたいで……」
「……そんな器用なことまで」
「はい……私たちの側に、遠距離攻撃で届く手段はありません。あーたんも、同様です」
ユキはぐしゃぐしゃに握りしめた魔皮紙を見つめ、声を震わせた。
「……何もできないんです。私は、ただこうしているだけしか……。誰かが命をかけてるのに……悔しい……っ」
唇を噛みしめる彼女の手が、小さく震えていた。
「キーさんは時間の問題です。私達がメイトを見つける前から戦っていて、魔力を消費し続けています。このままでは……」
ユキさんは、こちらをまっすぐに見てくる。
「アオイさん……行けますか?」
行けますか?――そう聞かれるのは当然だった。
……ヒロユキが死んだあの日。僕――いや、“俺”は、それを認めるのが怖くて、恐怖を押し込めていた。ずっと。無意識に誤魔化して、蓋をして……
その結果が、あの呼吸困難だった。
――でも……あれ? 何か、引っかかる。
「……ちょっと、待って」
頭の奥がざわめく。思い出せない記憶に、指先が届きそうなもどかしさ。朝まで覚えていた初夢を、昼に突然忘れたような、そんな違和感。
――夢? 夢……そうだ!
「あ!」
「……アオイさん?」
思い出せ! あれはただの夢なんかじゃない! 俺は……夢の中でヒロユキに会ったんだ!
確かにあれは“夢”だった。だけど、それだけじゃなかった……それ以上の“何か”を感じた。
「……ぐぬぬ……!」
「アオイさん、大丈夫ですか?」
違う……違う違う違う! ここで思い出せなきゃ、もう二度と……
「……黙ってて……」
「えっ、は、はいっ!」
「……ぐ……ぁっ」
頭が割れそうだ。扉の向こうにある記憶に、爪を立てるみたいに。
いけ! いけ……イけ! イけいけ!!
【くぁらっしゃーい!ゴラァ!……はぁ、はぁ……』
……全部、思い出した。
あれはただの夢じゃない。あれは――
ヒロユキは……ヒロは!
【ユキさん……ヒロは、生きてる!』