その後、老夫婦が帰ってから、診断をしてくれたら優しそうなおじいちゃん先生から
「明日から、大きい機会を使ったりして、体に異常が無いかの確認をして、何も異常が無かったらそのままリハビリをしますからね」
「これからもっと大変になりますが頑張りましょう」
と言って病室を後にした。
そして、先生の言った様に大きな機会で細かい検査をした。
その中で、「不思議な事を私が言う」と言って、精神科の先生ともお話しをした。
簡単にまとめると
・私の名前は「サクラ」では無く「美心」と言う事
そう言えばアマガイに来たあの日。
ソメイに「ヨシノ サクラ」と名付けて貰ったのだと思い出した。
・今年で、私が倒れてから10年目と言う事
私がアマガイで過ごした約1週間は現実世界では10年も経っていたらしい。
言われて見れば、アマガイにいた期間が約1週間にしては成長スピードが早かった。
・帰ってきたあの日に会った老夫婦は私の祖父母と言う事
元の親が私の事を孤児施設に送ろうとしたのを祖父母が、預かってくれたらしい。
・ソメイ、ヤエ、シダレと言う少年、アマガイと言う場所は私以外誰も知らない と言う事
それじゃあ、私が過ごした1週間は誰とどこで過ごしていたのだろう?
そんな疑問を持ちながら、リハビリに励む事数ヶ月。
やっと、肩から先を自由に動かせる様になってきた。まだ力を入れる事は出来ないけれど、少しづつ体が戻って来ていると実感出来た。
そんな時、月に1回必ず会っていた精神科の先生。
黒髪に少し白髪があるショートカットの50代くらいの笑顔の柔らかいおばちゃん先生から、こんな提案を受けた。
「サクラちゃん、ソメイくん達に会いに行ってみる?」
「え?」
「サクラちゃんが、教えてくれた時から少しづつ調べて見たんだけどね。
そしたら、サクラちゃんが、倒れたあの山のその場所。
そこにね、3本の桜の苗木があったの。
その桜の名前ね__
ソメイヨシノ 八重桜 枝垂れ桜
って言うのよ 」
その話を聞いたその日、精神科の先生とまだ自力で歩け無い私の車椅子を押してくれる、目を覚ましてから最初に見かけた、綺麗なピンク色の髪に小さい子の様な可愛らしい顔つきの看護学生と一緒にその場に向かう事になった。
強い日差しに目が眩む8月の初め。
久々に見る夏の季節に、何故か不思議だと感じた。
少なからず、私の知っている夏では無いような気がした。
それはきっと、親の元なんて言う地獄みたいな監獄から抜けて初めて見る夏だから。
少し進んで、「ここです〜」と精神科の先生がストップをかけたところで、3本の木と向かいあった。
桜山なんて名前なだけあって、春は綺麗なピンク色の山らしいけど、今は夏。
綺麗な緑色葉っぱが付いていた。
その木をじっと見つめていると、桜の木の近くにぼやぼやとなにかが浮いてきていた。
すると
「サクラ。」
と突然どこからか声が聞こえた。
びっくりして肩を少し跳ね上げると、枝垂れ桜の方から
「サクラはまだビビりなのかよ!?」
と聞きなれた喋り方と声が聞こえた。
また、それに続く様に
「当たり前でしょっ!だってあんな短時間で変わるわけ無いじゃんっ!」
とまたまた聞いた事のある喋り方と声が聞こえた。
「2人も変わって無いのに変わる訳無いでしょ…」
と追い討ちをかける様に馴染みのある声が聞こえた。
「みんな…?」
と恐る恐る聞くとぼやぼやとしていたなにかがハッキリと形になってソメイ達をうつした。
3人とバッチリ目があって、順に声をかけてくれた。
「全く〜、待ちくたびれたぞ〜?」
「会いたかったよサクラっ!!」
「久しぶりだね」
ずっと会いたかった3人と今やっと会えてなんだか
今まで、心のどこかにあった「寂しかった」、「辛かった」なんて感情が一気に溢れ出してくるような感覚になって、自然と涙が目から溢れて来た。
少し慌てた様に「サクラ〜、大丈夫〜?」と3人がふわふわと浮きながら、私に近づいて来てどうにか、慰めようとしてくれていた。
「ごめん、ちょっと嬉し泣き」
と上手く動かせない、手で涙を拭って3人に向き合う。
そこでハッとした
「あっ…私プレゼントなんにも用意してない!?約束してたのに… 」
「え〜?それ今気にする〜?」
と間髪入れずにヤエがそう返して、他の2人もうんうんと頷いているのを見て、「あ、ほんとに今じゃ無かったんだ…」となる。
「でも、マジで会えて嬉しいな!」
とシダレが言ったのに続けてソメイがこう、言葉を発する
「思ってたよりも長くて会えないんじゃないかってソワソワしたよね〜」
「特にシダレがっ!」
と急に名指しをしだしたヤエにシダレは納得いかないように「はぁ?」と反論しようとする。
慌てて割入って、私が今言いたい事を口にした。
「言葉としては、間違ってるかもだけど…
ただいま」
そう言うとソメイ達は私と向き合って、口を合わせてこう言った
「おかえり、サクラ」
それから数年後。
私も20代になった春の終わり。
少しづつ日が強くなってきた頃。
今はもうソメイ達の姿も声を聞こえ無くなってしまった。
それでも、私は1人で押せる様になった車椅子を押しながら、ソメイ達の所へ顔を出していた。
いつも綺麗な花を買って。
そして、今年も桜が枯れた。
嫌、舞っていった。
桜は花が枯れて舞う時が、1番期待されている。
枯れる事で喜ばれてしまう。
ならばせめて
「今年もありがとう」
そんな言葉と共に花と私で顔を見せてあげよう。
来年も、再来年もこの先もずっと。
家に帰る最中に見た事のある顔の夫婦と見覚えの無い小学生の子供を見かけた。
少し、ほんの少しだけ心がズキッと痛くなった。
私の元両親は今のうのうと過ごしている。
その事実は来年も再来年も変わらない。
でもいいのだ。
私にはそんな人よりもずっと私を愛してくれる祖父母がいて、
初めて私が愛した桜がいる。
今はその事実だけで十分なんだ。
もう二度と私に干渉しなければそれでいい。
私を捨ててくれてありがとう。
今でもそんな感情を捨てられない私だけど、私が「帰りたい」って「生きたい」って思わせてくれてありがとう。
こんな幸せな時間が、1分でも1秒でも長く続けばいいな。
そんな私の小さな願い。