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「オホホ」
何が楽しいのか、笑いながら姉がアタシの洗濯ばさみを引きちぎる。
「ギャッ!」
皮膚ごともっていかれそうな激痛に、その場にうずくまった。
その声でようやくアタシの存在に気付いたのだろう。
男が立ち上がる。まだ二十歳代前半──お姉と同年代くらいに見える。
体格はいいくせに、何やら貧相な印象を与える男だ。
そいつはしたり顔でアタシの前に人差し指を突き出した。
「電線でターザンごっこはダメっ!」
だから何なんや、コイツは。
アタシは口元が引きつるのを自覚した。
「なぁ、この人シバいてもいい?」
お姉は肯定も否定もせずに「この男、わたしの夫よ」とサラリと告げた。
「は、初耳やで! お姉、いつ結婚したん?」
「オホホ。昨日よ」
「昨日ってアタシが引っ越してきた日やん。どうりで手伝いにも来てくれへんと思ったわ。そんな重大イベントしてたんや。え? それ、お父とお母は知ってんの?」
「ええ、今朝電話で言ったわ」
「電話なんや……」
うちの家族、別に仲が悪いわけじゃない。
おめでたいことなんやし、ちゃんとしたプロセス踏んだらいいのに。
「お父さんとお母さん、ひどく落ち込んでいてそれどころじゃなかったみたいよ」
「落ち込んで? ああ……ソレ、多分アタシのせいや。ごめんな」
「そうね。あなたが突然こっちに引っ越したいけど部屋は空いているかなんて電話してくるから、わたしも驚いたけれど」
「はい。お父とお母には言ってません。つまりプチ家出っていうか……」
プチを付けても可愛くないわよ、とにっこり笑って言われた。
「何があったかは大体聞いたわ。お父さんとお母さんには、定期的にわたしから連絡を入れることになったから」
呆れたような口調だが、どうやら姉は両親にとりなしてくれたらしい。
「家出なんて感心しないけど、人生にはそんな時期もあるわ。しばらくここで休んでいきなさい」
「お、お姉……」
しばらく会わん間にずいぶん人間ができてきたなぁ!
何て物分りのいい……だ、大好きや、お姉ッ!
アタシが涙で目を潤ませたその時だ。
疎ましいことに姉の夫が突然視界を占領した。
何かハァハァ言ってる。
「僕はうらしま太郎だよ。年は22歳。趣味は釣り。休日はもっぱら……あふんっ!」
うらしまは突然ヘンな悲鳴をあげた。
どうやらお姉の洗濯ばさみの餌食になったらしい。
うらしま、喘ぎ声を漏らしながらそのまま表へ走り出る。
うちの姉、誰に対しても容赦ないからな。
アタシは最早そんなことはどうでも良くて、昨日の不審者へと考えをシフトする。
桃太郎、うらしま太郎……昨日から太郎さんばっかり登場や。
いや、昨日の奴は正直、現実とは思えへんけどな。
そのことをお姉に言うと、彼女は嫌な笑い方をした。
「あら、その部屋には幽霊は出ない筈よ。1─3には相当酷いのが住んでいるらしいけど。そういや2─1の前の住人は小人が出たって言って引っ越していったわね」
「やめてぇな。アタシ、そういう話苦手やねん」
「幽霊でも小人でも構わないわ。家賃さえ払ってくれればね」
お姉はオホホと笑った。
冗談抜きで言ってるから嫌やわ、この人。
「幽霊ちゃうなら、桃太郎はやっぱり宇宙人。さもなきゃ幻……?」
「宇宙人ですって?」
お姉はキョトンとしている。
「昔お姉が言ったんやん。地球人の2分の1は既に宇宙人なんやって。地球人の中に混ざって暮らしてるねんって」
「そうだったかしら、オホホホ」
「オホホちゃうわ!」
叫んだ拍子に腰がビクッと震え、膝がカックリ折れた。
「アイタ……。アカン、2千アンペアの後遺症が……」
そこへうらしま、新聞をいっぱい抱えて帰ってきた。
「乙姫サマ、夕刊にもう出てますよ」
何だか嫌な予感がした。
全身に残る電流に足を取られながらも、アタシはヨロヨロと立ち上がる。
「声に出して読んで御覧なさい。うらしま」
「はい、乙姫さま! 16歳少女奇行! 電柱に登り感電。雷に撃たれ高圧電流を浴びるも、奇跡の生還。本人談『目が醒めました』とあります」
呆然とするアタシに新聞を持たせて、うらしまはパシャパシャ写真を撮りまくる。
お姉はそれをお父とお母に送ると言う。
やめてぇーとアタシはその新聞で顔を隠した。
「目が醒めましたって……何やねん、そのコメント。アタシそんなん言ってへんで。アホ丸出しやん。上手いこと言いました、みたいな。いやいや、実際、あの状況でそんなん言ってる余裕ないで……って、やめてぇな! やめてぇ!」
フラッシュの瞬きの中を、アタシの叫びが空しく響き渡った。
「3不毛闘争~桃太郎追い出し作戦・コレは戦争や!」につづく