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道中での苦楽、珍しい食べ物。襲い来る謎の部族、負傷した味方。仲間を犠牲にすることで潜り抜けた窮地。ジャングルからの脱出。
ミレナは一頻り冒険譚を語り終えると、急に真顔になって「まぁ、全部嘘なんすけどね」と言った。
「嘘なんですか!?」
驚くフェーデにミレナが頷く。
「ただ、すべてが嘘というわけではないっす。でもだいたい嘘っすよ」
嘘だから話すことができました。
謎めいたミレナの言葉をフェーデが咀嚼する。
確かに嘘なのだろうけど、すべてが嘘ではない。
事実を隠しながら、実際にあった何かを話している。
そう時間もかからずに、フェーデは答えに辿り着いた。
おそらく、あの話はランバルドとの戦争の話だったのだろう。
ジャングルは戦場に謎の部族はランバルドの兵に、凶暴な動物は苦難に置き換えることができる。
ランバルドの令嬢にランバルドの兵と戦争を語る。そのままでは刺激が強すぎるが、戯画化し、脚色を加えれば話は変わってくる。
「人生には言いにくいことがあるんですよね。口にすると誰かを傷つけてしまったり、こっちが傷ついてしまったりすることが」
ミレナが何を伝えたかったのかは推測するしかない。
もしかしたら、仲間を逃がす為にサーベルタイガーの群れの相手を引き受け、死んだという恋人のことを話したかったのかもしれない。
あなたたちランバルドのせいで恋人は死にましたよ。
そう言いたかったのかもしれない。
ミレナは一度、フェーデの命を救っている。
あの毒を飲んだ日、ミレナの判断がなければフェーデは死んでいた。
自分の恋人を殺した敵国の令嬢を助ける。
どんな心境だったのだろう。
少なくとも、割り切れてはいないはずだ。
いつも笑顔で接してくれていたミレナはずっと心に嘘をついて生きてきたのだろう。
本来なら不敬な、到底許されないことだ。
それをわざわざアベルとフェーデの前で言うのだから、処罰されてもおかしくない。
クビになり、城から追放されるかもしれなくても、ミレナは自らの内心を伝えた。虚構で予防線を張りつつも、傷つくことを恐れずに、言いにくいことを言ったのだ。
「だから、フェーデ様もご自身のことを話していいんす。ご都合が悪いなら嘘をつかれてもいい。私たちは咎めません」
いつもより、少し固い言葉遣い。
ミレナの行動から、彼女の物語を逆算する。
おそらく、これは誤解だ。
与えたい感情は、驚きと安心。
その為にわたしがするべき表情は。
「ありがとう。ふふ、でもねミレナ。別にわたしはフリージアが憎くはないのよ」
見透かすような、挑発的な視線。
すべてを許すような声音で、そう告げた。
ミレナが「えっ」という顔になる。
どうやら当たりを引いたらしかった。
人間は自分の物語を通してしか、世界を見ることが出来ない。なので、自分がこう思っているのだから、相手も似たようなことを考えるだろうと偏りが生まれることもある。
ミレナは自分が敵国ランバルドを憎んでいるのだから、フェーデも敵国であるフリージアを憎んでいるに違いないと考えたのである。
その上で。
遠回しに悪口を言われても怒らないと伝えることで、距離を縮めようとしたのだろう。
互いに言いにくいことを言った上で協力関係になる。
元軍人らしい、不器用な交友の結び方だった。
自分たちが憎まれていないというのは信じがたいことらしく、ミレナどころかアベルまで瞠目している。それだけのことをしてきた。それだけの罪が自分たちにはあるのだという自覚が、そう思わせるようだった。
「え、じゃあ。なぜ、あんなにもうなされて……? 名前を取り戻したことで、私たちが怖くなっちゃったんじゃないんすか……?」
名前と立場は結びついている。
どこかの令嬢の誰かという曖昧さを失い、敵国ランバルドの令嬢フェーデになったら、また自殺してもおかしくない。実際、一度。それを理由に自殺しているのだから、ミレナが心配するのももっともだった。
なぁんだ、ミレナ。
あなたはまたわたしを助けようとしてくれていたのね。
「大丈夫、大丈夫よ。ミレナ」
そう言ってこちらに来るよう催促すると、ミレナが近づいてくる。
フェーデはミレナを抱きしめてこう言った。
「わたしはもう、みんなを信じているわ」
そしてこう続ける。
「だから、話をさせて頂戴。わたしが何を怖がっているかを、何を恐れているかを。どうしてもどうしても、許せない。あのどうしようもない家族のことを」