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部屋の中は静まり返っていた。
いや、もともとここは静かだった。
私がここに閉じこもるようになってから、誰とも話していないのだから。
 だけど、今日もまた玄関のチャイムが鳴る。
 ――まただ。
 最近、何度も家の前に誰かが来る。
覗き穴から確認することはできなかったけど、足音や気配で同じ人間が訪れているのが分かる。
最初はただの勧誘かと思っていたけど、あまりにもしつこい。
 もしかしたら、またあのストーカーかもしれない。
 そう思うと、心臓が跳ね上がる。
ただでさえ、信じていた人たちに裏切られて人間不信になっているというのに、また誰かに傷つけられるなんてごめんだ。
 ――怖い。
 けれど、今までずっと無視していたのに、それでも毎日来るということは……もしかして、何か理由があるのかもしれない。
思い切って、ドアを少しだけ開けてみる。
 すると、そこに立っていたのは――
 「……ローレン?」
 目の前の男が、戸惑った表情を浮かべる。
まるで、私の反応に傷ついたように。
 「……ようやく出てきてくれたな。」
 聞き覚えのある声だった。
だけど、何かが引っかかる。
懐かしいような気もするのに、なぜかうまく思い出せない。
 「なんで……ここに?」
 「お前がいなくなったから、探したんだよ。」
 ローレンの言葉に、私は混乱した。
探した? どうして?
私なんかを?
 「俺たち、友達だろ。」
 友達?
 その言葉に、胸がざわつく。
確かに、ローレンは学校でもよく見かけた気がする。
だけど……私たちは、本当に仲が良かったんだろうか?
 裏切られた人たちの顔が、頭をよぎる。
あのときみたいに、ローレンもただ私を利用していただけじゃないのか?
本当は、私のことを嫌いだったんじゃないのか?
 ――分からない。
 何も思い出せない。
 「……嘘だ。」
 気づけば、そう呟いていた。
ローレンが目を見開く。
 「お前、本当に俺のこと……覚えてないのか?」
 言葉に詰まる。
なぜか分からないけれど、ローレンの声がひどく遠くに感じた。
 「……ごめん。」
 私がそう言うと、ローレンは眉を寄せた。
 「なんで謝るんだよ。悪いのは、お前を守れなかった俺の方だ。」
 「……守る?」
 ローレンが、私を?
 「お前が裏切られたって聞いて、ずっと探してたんだ。でも、お前がどこにもいなくなって……まさか、俺のことまで忘れるなんて思ってなかった。」
 彼の言葉が、胸の奥に突き刺さる。
忘れた? 私が?
そんなはず……でも、確かにローレンとの記憶が抜け落ちている。
 「……ごめん、本当に……思い出せない。」
 ローレンは私をじっと見つめた。
少し悲しそうな顔をして、それから息を吐く。
 「……なら、思い出すまで俺は何度でも来る。」
 「え……?」
 「お前が怖がるなら、無理には会わねぇよ。でも、俺はお前を一人になんかしない。」
 まっすぐな瞳だった。
 どうして、そこまで?
私が記憶を失ったのに、それでもローレンは……。
 「また、来るから。」
 そう言い残し、ローレンは背を向けた。
私は、その背中を見送ることしかできなかった。
 胸の奥に、なにか温かいものが残る。
それが、懐かしさなのか、安心なのか……それすらも、今はまだ分からなかった。