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勇気を振り絞って、寝室からキッチンに移動。近づくたびに、揚げ物をしているいい匂いが鼻をくすぐる。瑞稀の背後からやっていることを覗き込むと、「離れてください、油が飛びますよ」なんて優しく注意を促された。
「瑞稀、美味しそうだね」
「……味見、してみますか?」
そう言って、トレーに入っているから揚げを目の前に掲げたので、迷うことなくそれを口にする。
「んんぅっ! あっつ!」
躰を振るわせて、はふはふしながら身悶える俺を見た瑞稀は、最初は微妙な表情を浮かべていたのだが。
「マサさん、変な顔っ!」
言うなり、ゲラゲラ笑いだした。
「そんなに笑わなくてもいいだろ。だって見た目以上に、熱々だったんだ」
口の中は、いい感じに大やけど状態。せっかく揚げたてをくれたのに、味わう余裕はまったくなかった。
「マサさんには、できたてをわざとあげましたから。昨夜の反省をしてほしかったんです」
「君にガッツリ叱られた時点で、充分に反省してる……」
「俺の中では、反省が全然足りなかったんです。こういうのは、やりすぎなくらいじゃないと、間違いなく再犯します」
俺に菜箸を突きつけて言い放った強気な瑞稀に、顎を引いて少しだけ距離をとった。
「瑞稀、なんかそういうの手慣れているね。俺以外に付き合ったヤツが――」
「いませんよ、そんな人!」
「本当に?」
言いながら顔を近づけたら、目の前にある頬が朱に染った。
「マサさんひどい! イケメンのアップはすごく破壊力あるのに、それを使うなんて卑怯だよ」
「だったら瑞稀が見慣れるように、ずっとこうしていようか?」
ニヤニヤしつつ、もっと顔を近づけてやる。
「んもぅ! いじわるしないでくださいって」
「いじわるじゃない。本当に慣れてもらわないと、大好きな瑞稀の顔を見つめることができないだろう?」
「いちいち見つめなくていいですって。溶けちゃいますよ」
「随分とやわな顔をしているんだね。味見してしまいたくなる」
瑞稀にずいっと顔を近づけたときだった。妙に香ばしい香りが鼻をくすぐったことで、ふたりしてコンロの中身を覗き込むことになったのだが。
「あーあ。キツネ色を通り越して、タヌキ色になっちゃったじゃないですか」
持っていた菜箸でそれらを拾いあげ、手早くトレーにのせていく。
「タヌキ色のから揚げは、俺が食べるから安心してくれ。きっと冷めても美味しいはずだ」
テンションの下がった瑞稀の頭を撫でてから、冷蔵庫をあけて手前に置いていたタッパーを取り出した。
「朝ごはんに出そうかと思って、事前に作っておいたポテトサラダ。これもお昼に持って行こうか?」
「マサさん……」
カパッと蓋を外して、タッパーの中身を見せながら提案したら、瑞稀の表情に笑顔が戻った。そのことに気をよくした俺は、さらに言葉を続ける。
「から揚げの茶色とポテトサラダの白とくれば、卵焼きの黄色は外せないね。今から作ってあげよう」
こうして瑞稀と仲良くお昼ご飯を作ったことにより、昨日の件はうまいことチャラになった。実際のところ、朝ごはんを食べた後に深く反省していることを改めて告げて謝罪したことも、チャラになった要因である。
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