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「か、海堂さん……」
「咲結……だっけか? その男は知り合いか?」
「知り合いだけど、今日、友達みんなで遊んだだけで……もう二度と会いたくない人……」
「ふーん……」
咲結に隼人の事を確認した朔太郎は二人を交互に見る。
「な、何だよ、アンタ……」
自分より年上で身なりからあまり近付きたくない雰囲気を醸し出す朔太郎を警戒する隼人。
「いや、別に。ただ、嫌がる女を無理矢理ホテルに連れ込むのはどうかと思ってよ……しかも、制服でとかさぁ」
落ち着いた口調で話しながら距離を詰めてくる朔太郎を怖いと感じた隼人は、
「だ、誰がこんな女と!」
掴んでいた咲結の腕を勢い良く離すと、半ば逃げるようにその場から去って行ってしまった。
「……平気か?」
「は、はい……あの――」
声を掛けられた咲結は『ありがとう』とお礼を言う為に口を開きかけるも、
「あのさ、その気もねぇのに良く知りもしない男とこんなホテル街に来るなよ。ナンパは仕方ないにしても、今日のは咲結にも非があるんじゃねぇのか?」
「なっ……」
朔太郎のその言葉は咲結にとって予想外のもので、大きく目を見開いて言葉を詰まらせていた。
「まぁ、迫って来たり無理矢理ってのは相手が悪いけどさ――」
「……何よ、良く知りもしないくせ……」
「え?」
咲結の気持ちに気付いていない朔太郎が言葉を続けると、彼女はポツリと呟き彼を睨みつける。
「こうなった経緯を知りもしないくせに、偉そうなこと言わないで! 助けてくれて良い人って思ったけど、貴方最低な人ね! さよなら!」
自分に非があると言われた事が許せなかった咲結は怒りに任せて朔太郎に思った言葉をぶつけると、
「あ、おい、咲結!」
朔太郎の呼び掛けに耳を傾ける事もなくその場から走り去って行く。
(何よ、あの人! そりゃ、のこのこ付いて行った私が悪いのかもしれないけど、そんな事言わなくたっていいじゃない!)
気丈に振舞ってはいたが、隼人に迫られホテルに連れ込まれそうになった時の咲結はとにかく怖かった。
そこを助けてくれた朔太郎には感謝もしているし、あんな態度は失礼だという事も理解しているのだけど、もう少し優しい言葉を掛けて欲しかった咲結はついつい怒りに任せてあんな言葉を放ってしまったのだ。
(もう嫌! 男なんて嫌い! 結局理想に合う人なんていないんだ!)
男絡みで嫌な事続きの咲結は暫く男と関わりたくないと思いつつ、怒りが治まらないまま帰路に着いた。
一方、残された朔太郎はというと、
「……何だよ、あの態度……。俺、そんなに悪い事言ったか?」
言い逃げのような形で咲結に去られた朔太郎は何故彼女が怒ったのか分かっておらず、イマイチ腑に落ちないと言った表情を浮かべている。
「朔、お前こんなところで何つっ立ってるんだ?」
そこへ声を掛けて来たのは長身細身で程よい筋肉質をした三十代くらいの黒髪短髪の男で、一見物腰が柔らかく優しそうに見えるが、右手の甲には龍の刺青が入っている。
「あ、理仁さん、お疲れ様っス」
そんな彼は朔太郎の上司で居候先の家主でもある鬼龍 理仁。
理仁は【株式会社KIRYU】という様々な業種に名を轟かせていて国内で知らない者はいない大企業の経営者なのだが、理由があって社長という立ち位置ではなく、あくまでも裏方として経営業に携わっている。
そして私生活では美人な妻と可愛い子供が二人いるという。
「こんなホテル街で、お前は何やってんだ? まさか、ナンパでもしようってんじゃねぇだろうな?」
「まさか! 違いますよ! 駐車場に向かう途中で男女の言い争う声を聞いたんで来てみたら高校生の男が女の子を連れ込もうとしてて、それを助けただけっス」
「ほう? で、助けた女は?」
「何か、怒って走り去って行きました」
「はあ? 助けたんだろ?」
「それはそうなんっスけど……」
「お前、何か余計な事でも言ったんじゃねぇのか?」
「いや……俺はただ、良く知りもしない男とこんなホテル街に来るなって注意しただけで……」
という朔太郎の言葉を聞いた理仁は状況を理解したようで、朔太郎の頭に軽く拳を落とした。
「痛っ! な、何するんっスか、いきなり……」
「お前なぁ、そりゃ相手の女は怒るだろう。経緯はどうであれ、連れ込まれそうになったのなら怖かったはずだ。そこは優しい言葉を掛けてやるのが正解だろうよ」
「……すいません……」
「俺に謝ってどうする。まぁもう会う事はねぇかもしれねぇが、もし次会う事があったら謝っておけよ」
「はい、そうします」
理仁に言われて自分が間違っていた事が分かり咲結に悪い事をしたと項垂れながら、朔太郎は駐車場へと向かって行った。