預かっていた物の返却する日が来た。仕事が終わった足で宮本の自宅に寄り、玄関前で黒い手帳を引き取ろうとした。そしたらやけに難しい顔をしながら、これまでの経緯を訊ねてきたことに、橋本は疑問を感じたのだった。
普段なら、素直になんでも言うことを聞く、宮本の奇異な言動を目の当たりにして、橋本はきょとんとする。
「だっておかしいでしょ。こんな遅い時間帯に、漬物石みたいに重たい手帳の受け渡しをするなんて。ソイツはきっとこの手帳で陽さんを殴って、あんなコトやそんなコトとか、口では言えないコトをしまくるかもしれない!」
重い手帳を片手に持った宮本は、ダンベルトレーニングをするみたいな感じでリズミカルに上下させながら、暑苦しい口調で熱弁した。
「安心しろ。その男はネコらしいから、俺は襲われることはない」
「もっと危ないじゃないか。陽さんが襲うかもしれないでしょ!」
呆れ返った橋本を尻目に、宮本は無駄な動きを続けつつ、目を大きく見開いて声を荒らげた。これまでの流れで今後の展開が予想ついたが、文句を言わずにはいられない。
「バカを言うな。誰が好きこのんで、目つきの悪すぎる暴力団幹部を襲うかよ」
舌打ち混じりに告げたセリフを聞き、宮本は持っていた黒い手帳を背中に隠す。
「……なんで、そんな人と関わり合いになってるの? 危ないを通り越して危険でしょ、デンジャラスじゃないか!」
「金を持ってる客の知り合いで、どうしてもって頭を下げられたからだ。仕事上の付き合いも絡んでいるし、断れなかったんだって。仕方ねぇだろ」
橋本はこれ以上の炎上を避けるべく、感情を押し殺して語りかけながら右手を出した。
「雅輝、いい加減にそれを渡してくれ。約束の時間に遅れたら、それこそ俺は殺されるかもしれない」
「一つだけ条件があります。俺をその場所に連れて行ってください」
「Σ( ̄ロ ̄lll)ゲッ!!」
(危なそうな場所と人間がいるところに、大事なコイツを連れて行きたくねぇっていうのに――それは雅輝も、同じ気持ちなんだろうな……)
「わかった。下に停めてるハイヤーで待ってるから、出かける準備をしろよな」
こうして黒い手帳ごと、宮本と一緒にそこに向かったのだった。