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葉山君の提案に私は真顔になった。
「それをすると、一野瀬部長から私だけでなく、葉山君も嫌われますよ?」
「あー、やっぱりかー」
当たり前だ。
嘘とはいえ、これが原因で二人の仲に亀裂が入ったらどうするのよ。
なにが悲しくて、私みずから二人の仲を割くような真似をしなくちゃいけないのか。
『俺を激しく愛してくれよ!』はハッピーエンド狙いなんだよっ。
モブ女と付き合うなんてありえない!
むしろ、私が提案したかったくらいだ。
『一野瀬部長と葉山君が付き合っていることにしたら?』と!
でも、人として我慢した。
私は耐えた、耐えたよ!
「貴仁のことそんなに好き?」
「そうですね! 好きです!(筋肉とネタの宝庫!)」
「そっか……。それならいいや」
貴仁は幸せ者だなと、葉山君が優しい目で言った。
もしかして、葉山君は――ある可能性に気付き、胸がドキッとした。
ポンッと頭の音が鳴って、ミニ鈴子達が現れた。
『あいつは俺の従兄だってわかってる。俺はずっと貴仁を陰から見てきた』
『けれど、あいつは俺の気持ちに気づかないまま……』
『俺たちは従兄弟同士。近くて遠い存在だ。離れたくても離れられない』
『許されぬ禁断の恋』
『俺の気持ちは誰にも言えない』
『ぎゃー! 素敵すぎるぅー!』
ミニ鈴子たちは大名行列を作る。
なぜ、大名……?
なんなの、そのチョンマゲは?
『さあ、葉山よ。我々をお前の国へ導いてくれ』
『従兄×従弟』
『いや、従弟×従兄でもアリ』
『たまりませんな』
『最高でこざる』
ぞろぞろ練り歩くミニ鈴子たち。
知られざる二人の関係が今ここで開花し、萌え要素となるなんて――感動のあまり涙があふれた。
これは『俺激』第二部必至っ!
「葉山くーん! スティックシュガー、どうぞ~!」
「私も持ってきましたぁ~!」
私の楽しい妄想タイム終了。
かしましい後輩たちが戻ってきてしまった。
それぞれにスティックシュガーを葉山君に渡す。
葉山君はにっこり微笑んで、後輩たちからスティックシュガーを箱で受け取った。
おいおい、箱って……どれだけ甘党なのよ。
「ありがとうございます。助かります」
きゃっーと黄色い声があがる。
その大量のスティックシュガーをどうするの?
スティックシュガーで両手が塞がるとか、迷惑極まりない話である。
「おい、葉山。何をしている」
「コーヒーをいれようと思ったら、砂糖がなかったんですよ」
葉山君を迎えに来たのは一野瀬部長だった。
「それはいいが、遅いと思ったら、やっぱりここにいたか」
一野瀬部長がなかなか戻ってこない葉山君を探していたようだった。
当然、社内メールを受け取った他の社員は、一野瀬部長と私を見ていた。
集まった視線が痛い。
浜田さんだけは、他の人とは違う目で、私と一野瀬部長をじっと見つめていた。
やめて、そんな目で見ないで!
そう言いたかったけど、言えない。
だって、あの目は私と同じ。
一野瀬部長と葉山君のセットは素晴らしい。
だからこそ、浜田さんに注意できない我が身の辛さよ。
「新織」
「は、はい!?」
今はお互いに距離を置いて、ちょっと気まずい顔をするところではないだろうか。
それなのに、一野瀬部長はいつもと変わらない堂々とした態度だった。
これが、人生エリートコースを歩んできた強者の顔。
なお、私は挙動不審である。
「新織。またあとでな」
「えっ!? は、はあ」
気づくと、後輩たちが悔しそうな顔で私を見ていた。
本命馬ではない穴馬が、レースを制したという態度……わかりやすすぎるけど、一応、先輩だからね?
いっぽうの先輩、浜田さんはせっせとメモっている。
あのノートがネタ帳であることを知っているのは私だけ。
顔がニヤけてますよ、浜田さん。
なにこの温度差。
「あーあ。一野瀬部長と葉山君って、『|激愛《はげあい》』の二人みたいでよかったのにー」
だから、ハゲ愛じゃなくて、ゲキアイって呼びなさいよ!
そこまで思って、ハッとした。
後輩達よ、待ちなさい。
二人がいる前でその話は厳禁だ。
「貴瀬《きせ》部長と葵葉が、熱い一夜をともにして、二人の距離がグッと近づいたのにぃ~」
「そうそう。長かった。そこまでの道のりがね、更新も止まってたし」
「でも、甘い夜は想像以上!」
「貴瀬部長が激しく葵葉を抱きしめて~!」
ひっ、ひええええ!?
声に出さないで!
すぐそこにモデルの二人がいるのよ!?
自分たちをモデル(ネタ)に、BL小説を書かれているって気づいたらどうするのよー!
絶対、殺される~!!
一野瀬部長と葉山君は真剣な顔で話しているから、聞こえてないと思うけど、私にはバッチリ聞こえてる。
「葵葉の細い肩がたまらないっ!」
「体格の違いがリアルに書かれていて、特に筋肉へのこだわりがすごいのよ」
「なんだか、本当に一野瀬部長と葉山君みたいだったわよね」
みたいじゃなくて、そのまんまだからね。
あの二人だからね!?
だから、黙ろうかっ!
チョンマゲに侍姿のミニ鈴子達が刀を抜いた。
『趣味に寛容な一野瀬部長といえど、自分と従弟がBL小説のモデルになっているとわかれば、心穏やかではいられまい』
『バレたら切腹もの』
『うむ。間違いなかろう』
切腹する真似をしている。
や、やめてー!
命だけは許して!
後輩達はまだ話を続けている。
自分の精神力がゴリゴリすりつぶされ、減っていくのを感じていた。
「俺と一野瀬部長みたいってなにが?」
葉山君が後輩達の会話に気づいた――終わった、終わったよ。
ううん、待って。
ペンネーム使っているから大丈夫。
バレない。
それに後輩達が葉山君に小説を見せるわけない。
だって、自分達が腐女子って公言するのと同じだもんね。
あー心配して損した。
さっ、仕事、仕事。
「このBL小説なんですけどー」
おいっ!見せるの?見せちゃうの?
葉山君は後輩のスマホを覗いた。
そして、一野瀬部長も。
ミニ鈴子達がガクッと倒れた。
そして一言。
『斬り捨て御免!』
ミニ鈴子の声と同時に、ばったり倒れ込み、机に顔を伏せたのだった……