テラーノベル
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エレベーターが最上階へ着くまでの数秒間、鏡に映った自分の姿を眺めた。
顔は返り血と泥で汚れ、瞳の奥からは光が消え失せている。
かつて若頭としてこのビルを闊歩していた男の影はどこにもない。
そこにいるのは、ただ一振りの「凶器」だった。
チン、と軽い音が響き、扉が開く。
そこには、組長代行を気取る幹部たちと、その手下たちが廊下を埋め尽くしていた。
「和貴……!親父を殺した分際で、どの面下げて戻ってきやがった!」
怒鳴り声を上げたのは、狡猾さで知られる幹部の山城だった。
奴の手には拳銃が握られ、俺の眉間を捉えている。
「……親父は、奥多摩で死んだ。中臣に売られてな。俺はその『落とし前』を付けに来ただけだ」
俺は一歩、また一歩と、死神のような足取りで山城へ近づく。
「止まれ!撃つぞ!!」
山城の声が震えている。
奴は俺がどれだけの地獄を潜り抜けてここへ辿り着いたか、その「殺気」だけで理解してしまったのだ。
「……道開けろ。親父の部屋に用がある」
俺が右手のドスをわずかに抜くと、その冷たい金属音に押されるように、連中の包囲網が割れた。
暴力の頂点に立つ者が見せる、圧倒的な「個」の力が、組織の数という論理をねじ伏せた。
俺は重厚な組長室の扉を蹴り開けた。
親父のいない主室は、主を失った墓所のように静まり返っていた。
俺はデスクの奥にある、親父が愛用していた重厚な革張りの椅子の前に立った。
膝をつき、椅子の台座に手をかける。親父の最期の言葉――
『椅子の下だ』。
指先が、裏側に貼り付けられた小さな金属の突起に触れた。
それを強く押し込むと、カチリと音がして、床の一部がわずかに競り上がった。
隠されていたのは、古びた桐の箱。
震える手で蓋を開けると、そこには二つのものが入っていた。
一つは、中臣代議士と海外マフィアの武器取引を記した「真の裏帳簿」。
そしてもう一つは、一通の古びた封筒だった。
封筒の中には、俺の幼少期の写真と、親父の直筆でこう書かれていた。
『和貴。お前を極道にしたのは、俺の生涯最大の罪だ。この帳簿を使い、すべてを終わらせろ。そして……お前は「人間」に戻れ』
「……クソ親父が。今さら、こんなこと言いやがって…」
目から熱いものが溢れ出し、帳簿の表紙を濡らした。
親父は、俺に自分を殺させることで、俺をこの血塗られた連鎖から解き放とうとしたのだ。
その時、背後の扉が再び開いた。
「……そこまでだ、黒嵜。その帳簿、大人しく渡してもらおうか」
立っていたのは、志摩に預けたはずの中臣の私設部隊、そして――。
「……志摩…っ?あんた、どういうつもりだ」
突きつけられた銃口の先にいたのは、苦渋に満ちた表情の志摩だった。
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