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バーの薄暗い光の中、私はDJブースの前に立った。
左馬刻がカウンターに腰を下ろし、じっと私を見ている。
「……あの頃と比べて、ずいぶん落ち着いた音だな」
そう言われて、つい口元がゆるむ。
「落ち着いた……? そんなつもりないけど」
私は笑いながら、ターンテーブルに手を置く。
でも胸の奥では、昔の敗北がチクチク痛む。
左馬刻は無言でヘッドホンを取り、目の前の機材に触れる。
その動作だけで、あの頃のバトルの空気がよみがえった。
「じゃあ、試しに一発、合わせてみるか」
彼の言葉に、私は少しだけ息を飲む。
久しぶりに聴く左馬刻のラップ――
荒削りだけど、真っ直ぐで、どこか優しいリズム。
私もビートを重ねて応える。
「……やっぱり、あんたのリズム、面倒くさい」
つい笑いながら言ったけど、手は震えていない。
少しずつ、私の音も戻ってきていた。
音と音がぶつかり合う。
声と声が、空気を揺らす。
そしてその間に、言葉にならない感情が流れ込む。
「……悪くない」
左馬刻の声が低く響く。
笑ってごまかす私を、彼はいつもの鋭い目でじっと見つめた。
その瞬間、二人の距離が――少しだけ、近づいた気がした。