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「――おい、嘘だろ。なんで俺、地面から生えてんの?」
視界を埋め尽くす眩い光が収まった瞬間、聖川 煌が目にしたのは、豪華絢爛な装飾が施された石造りの広間と、自分を囲んでポカンと口を開けている変なローブ姿の集団だった。
つい数秒前まで、煌は夜の裏路地にいたはずだ。
可愛がっていた後輩が他校の連中にボコられたと聞き、そのケジメをつけるべく単身で敵陣へ殴り込みに行く、その最中。
「待ってろよ、速攻で片付けてやるからな」
そう毒づき、相手の面面に拳を叩き込んでやるイメージまで完璧に出来上がっていたというのに。
――それが、どうしてこうなった。
角を曲がり、敵の溜まり場へと全速力で踏み出した、まさにその瞬間だった。
突如として足元のコンクリートが消失し、代わりに網膜を焼くような強烈な閃光が爆発した。
「……っ!? なんだ、爆弾かよッ!」
反射的に腕で顔を覆ったが、それより早く、身体が凄まじい重力に吸い込まれる。
踏み抜いたはずの地面はなく、ただどこまでも白い熱の中を落下し――次の瞬間。
ドゴォォッ!! という重苦しい衝撃と共に、全身の骨が軋んだ。
「……がはっ……、っ、痛ぇ……」
鈍痛に顔を顰め、強引に目を開ける。
そこはもう、見慣れたドブ臭い裏路地ではなかった。
ヒンヤリとした冷気が肌を刺す、異様に天井の高い石造りの広間。
状況を把握しようと身をよじった煌は、そこで自分の身体がとんでもないことになっているのに気づいた。
「……は? なんだよこれ、意味わかんねぇんだけど」
下半身に感覚がない。いや、感覚はあるが、動かない。
どういう理屈か、煌の身体は腰のあたりまで、冷たい石畳の床にそのままめり込む形で埋まってしまっていた。
「……あ、あの……巫女様、です、か?」
静寂を切り裂いたのは、一人の男がおずおずと発した、間の抜けた声だった。
床に這いつくばるようにして煌を囲んでいるのは、見たこともない奇妙な白いローブを着た集団だ。
全員が顔を青ざめさせ、煌の金髪と、着慣れた特攻服を穴が開くほど凝視している。
(……巫女? 誰が?)
場違いな単語に、煌の眉間に深い皺が刻まれる。
この男たちは明らかに、自分に向かってそう聞いた気がする。
未だかつて、女子に間違われたことなど一度もない。
確かに身長は165cmと小柄だし、同年代の奴らに比べたらやや幼い顔立ちをしていることは自覚しているが、女子に間違われるなんてありえないだろう。
「んなわけねぇだろ、目ぇ腐ってんのかジジイ! 俺が女に見えんのか?」
「ひぃいっ! 見、見えませんっ!! 断じてっ!!」
目の前の男達は、煌のあまりの気迫にひっくり返りそうになりながら絶叫した。
だが、次の瞬間。
男は隣の仲間と顔を見合わせ、悲壮な決意を固めたように目を見開いた。
「だ、だが、これでは儀式が失敗に終わってしまう! 朱雀様に殺されるぞ!」
「ええい、ままよ! 無かったことにするのだ! 魔法陣の中に押し戻せッ!!」
「……はぁ!?」
呆気にとられる煌の頭に、複数の男たちが一斉に手をかけた。
あろうことか、連中は這い上がろうとする煌の頭や肩を、全力で地面の「光る模様」の中へ、力任せに押し込み始めたのだ。
「ちょっ、てめぇら何しやがる! 離せッ、押すんじゃねぇ!」
煌が怒鳴るが、足元の光る床は、煌の意志とは無関係に、強い力で彼を外へとグイグイ押し出そうとしている。
下からはせり上がり、上からは必死に埋め戻そうとするジジイたちの腕。
「……っざけんな! 俺だって好きでこうなってんじゃねぇんだよボケ!! 体が勝手に下から押されてるんだっつーの!!」
すでに太ももの半分ほどまで、煌の身体は床の外へと競り出していた。
下からせり上がる得体の知れない圧力と、人の話も聞かずに上から押さえつけてくるジジイ共の腕力。
そのせめぎ合いが限界点に達した、その時だった。
カッ!! と、網膜を焼くような眩い光が床から溢れ出した。
「うわわっ!? なんだよ、おっ、おいッ!!」
煌の意志などお構いなしに、足元から凄まじい衝撃が突き抜ける。
それはまさに、詰まっていた「栓」が一気に抜けたような勢いだった。
物凄い衝撃波と共に、煌の身体が床から「発射」されるような感覚。
頭を抑えていた男たちは、木の葉のように四方八方へと派手に吹き飛ばされるのが見えた。
「っぶねぇ。なんなんだよ一体……」
近くにあった、精緻な彫刻が施された鳥の銅像を掴み、衝突を避けた煌は、軋む音を立てる木床の上に着地した。
そこは、黒光りする板張りの広い空間だった。
見上げれば、太い柱や梁の至る所に、禍々しい朱色の文字が書かれたお札がびっしりと貼り付けられている。
周りを見れば、先ほど吹き飛ばされた男達が小さなうめき声を上げながら転がっている。
そんな中、リーダー格らしき神経質そうな男が、床に這いつくばったまま震える手で懐から小瓶を取り出し、中身を二粒一気に飲み下すのが見える。
「……胃が、胃が死ぬ……。朱雀様になんと申し上げれば……。可憐な巫女を喚ぶはずが、何かの手違いで『悪魔の申し子』を顕現させてしまったとでも……?」
「なにブツブツ言ってやがんだ。おい、ジジイ」
「ひいいっ! 命だけはっ、命だけはお助けをぉ!」
男はなりふり構わず両手を合わせ、拝むようにして震え上がった。
「チッ。無抵抗の奴をヤる趣味はねぇっての」
これではまるで自分が悪者みたいじゃないか。
煌はおびえる男の目の前にしゃがみ込み、その胸倉をガシッと掴んで至近距離からジッと見つめた。
鋭い三白眼に射すくめられ、男はヒッと息を呑んで硬直する。
「なぁ、ここは何処だ? なんで俺は此処に居る?」
「そ、それは……ここは、四神の一柱、朱雀様がおわす聖域……炎の都、焔南国にございます……。貴方様は、この国を救う『朱雀の巫女』として、その……召喚されたはずで……」
「……はぁ? 炎の都だぁ?」
煌は、掴んでいた手をパッと離した。
冗談にしては手が込みすぎている。
このお札だらけの奇妙な建物も、目の前の情けない連中の格好も、コスプレにしては質感が生々しすぎる。
「意味わかんねぇ。俺はお前らの意味の分かんねぇ飯事に付き合ってる暇はないんだって。とっとと元に戻せよ」
煌は吐き捨てるように言い放ち、特攻服のポケットに手を突っ込んだ。
だが、リーダー格の男は青ざめた顔をさらに白くさせ、ガタガタと歯の根を鳴らしながら首を横に振った。
「む、無理にございます……! 一度行われた召喚は、巫女としての務めを果たし、朱雀様から守護の証を授からぬ限り、決して解かれることはありませぬ……っ!」
「だからぁ、俺は巫女なんかじゃねぇって。まぁ、いいや。なんかよくわからんけど、その朱雀ってヤツの守護の証とやらを貰えば帰してもらえるんだな? じゃ、行こうぜ」
「な……ッ!? どこへ行くというのだ?」
「だから、そいつんとこ。お前らだって、俺に帰って欲しいと思ってるだろう? 頭抑えつけるくらいだし?」
今思い出しても理不尽すぎて腹が立つ。
怒りのオーラを滲ませた煌を見て、男は今にも昏倒しそうな顔で、震える手を使って再び白い錠剤を口に放り込んだ。