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猫塚ルイ

「おや? 穂乃果じゃないか。どうして此処に? 今日は休みじゃなかったのか?」
ナオミの視線を追った父が、穂乃果の姿を見つけて不思議そうに声を上げた。
「あ、えっと……その……」
まさか自分の父親と、大好きなナオミが、病院の入り口からそんなに親しげに並んで出てくるなんて。
予想だにしていなかった状況に何か言い訳をと、視線を泳がせる穂乃果の視界の隅で、父の背後に回ったナオミが、死に物狂いで手を横に振っているのが見えた。
誰もがハッとするようなスマートな男前の面影はどこへやら、眉間にものすごいシワを寄せ、必死に首を振りながら、声を出さずに全力で口を動かしている。
(頼むから! アタシたちの関係をばらすのはやめてえぇぇ!!)
ものすごい必死の形相で繰り出されるジェスチャー。父に見つからないよう、背後で完璧に「男」の顔を作りながら、裏で大慌てで必死の訴えを飛ばしてくるそのギャップが何だかたまらなく可笑しくて 思わず小さな失笑が洩れる。
当然、二人の関係をここで言うつもりなんて毛頭なかった。大体、付き合っているのか何なのか、自分とナオミの関係なんて一体どう説明していいのかもわからないのだから。
「えっと、ちょっと病棟に忘れ物しちゃって……。さっき取ってきたから、もう帰ろうかと思ってたところなの」
あらかじめ用意していたかのように、穂乃果は努めて自然なトーンで嘘を吐いた。それを聞いた父・音治は、「そうだったのか」と納得したように深く頷く。
だが、すぐにその表情を曇らせ、心配そうに娘の顔を覗き込んできた。
「おお、そうか。そう言えば……一昨日の夜勤は、酷い目に遭ったみたいだな? どうしてすぐにパパに言わないんだ。藤岡師長から報告を聞いた時は、心配で息が止まりそうになったよ」
「っ、ご、ごめんなさい……っ。その……、お父さんに迷惑掛けたくなかったから……」
思わぬところで、直樹たちの嫌がらせやセクハラの件が父親の耳に入っていたことを知り、穂乃果はぎゅっと肩をすぼめた。
そんな娘の健気な態度に、音治は目尻を下げ、これ以上ないほど甘い父親の顔になる。
「なんて健気な……。可愛い娘が職場で嫌な目に遭っているのに、迷惑がる親なんているわけないだろう。これからは何でもすぐに言うんだぞ」
そう言って穂乃果の頭を優しく撫でると、音治はハッと我に返ったように、隣に立つナオミへと向き直った。すっかり身内の会話に没頭してしまい、ゲストを待たせていたことに気づいたのだ。
「あぁ、すまない。織田くん、ちょっとお見苦しいところを見せたね」
音治は少し照れくさそうに咳払いをすると、自慢の娘を示すように、誇らしげに胸を張った。
「紹介するよ。この子が私の娘の、穂乃果だ。もしかしたら、君が入院している間、どこかで関わったかもしれないが……」
紹介された瞬間、穂乃果の心臓がドクンと跳ね上がる。
恐る恐るナオミ――いや、『織田健司』の顔を見上げると、彼は背後での大慌てぶりが嘘だったかのように、完璧に知的でクールな青年の微笑みを浮かべていた。
「あ、はい。そ、そうですね。夜間帯に何度か、ナースステーション付近でお見掛けした気がします」
何食わぬ顔で、さも「大勢いる看護師の中の一人」として認識していただけ、と言わんばかりの完璧なビジネススマイル。
1ミリも私情を感じさせないその徹底した役者ぶりに、穂乃果は心の中で(よくそんなセリフがスラスラ出てくるなぁ……!)と、感心を通り越して圧倒されてしまう
「可愛いだろう? 私の自慢の娘なんだ」
「ち、ちょっとお父さん……っ」
「そうですね。とても、素敵で可愛らしいと思います」
「へっ!?」
ナオミの言葉に心臓がドクンと大きく跳ねる。
落ち着け、こんなの社交辞令に決まってる。だけど……先日ベッドの中で言われた、あの低くて甘い声音が脳裏にリフレインしてきて、顔がカッと熱くなった。
「そうだろう? 君のような男が穂乃果の旦那ならいいんだが……。まぁ冗談はさておき、今度また店に行くよ。……けれど君、女装よりそっちの姿の方が似合ってるんじゃないのかい?」
(だ、旦那とか……っ! お父さんってば! ナオミさんに なんてこと言うのっ!!)
音治はナオミの私服姿を満足そうに眺めている。
「ちょっと、佐藤先生、それ以上は本当に勘弁してください……」
ナオミは音治の背後で、穂乃果に向かって必死に『これ以上ツッコむな、話を合わせなさい!』と拝み倒すような合図を送っている。
「おっと、そろそろ回診の時間だ。穂乃果、織田くんは私の大事なお客様だからね、失礼のないように。じゃあね、織田くん。またお店に寄らせてもらうよ」
音治がにこやかに自動ドアの向こうへと去っていった瞬間。
ナオミはハァァァァァァ……と、一気に魂が抜けたようにその場に崩れ落ちそうになった。
コメント
3件
えっ待ってこの回最高すぎん??😭💕💕 父親の前でナオミが必死にジェスチャーで「言うな!」って拝んでるところ、普段のクールな姿とのギャップが尊すぎて無理…!しかも「可愛い娘だ」って紹介されて「素敵で可愛らしいと思います」ってビジネススマイルで返すナオミの裏であの甘い声がリフレインしてる穂乃果の心情、分かりみが深すぎる…!! 父親の「旦那ならいい」発言で二人とも内心大慌てなの、完全にじれキュンムーブでしょこれ…続き気になる〜!!🥺🌸