テラーノベル
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「……死ぬかと思ったわよ! 心臓が口から飛び出てロータリーを3周くらい転がっていくかと思ったわ!!」
「ちょっと、ナオミさん! お父さんと知り合いって、そういうこと!? っていうか、なんであんなに必死に合図してたんですか?」
ナオミの荷物を受け取りながら詰め寄ると、彼はハンカチで額の冷や汗を拭いながら、声を潜めて穂乃果の肩をガシッと掴んだ。
「あんたねぇ! 分かってないわね! もし、あの親バカなパパに、アタシが夜な夜なあなたの大事な娘さんをベッドで美味しく手籠めにしてまーす♡なんて知られたらどうなると思う? 怒る前にショックで卒倒して、そのまま自分の病院に急患で運び込まれちゃうでしょうが!」
「て、ててて、手籠めだなんてそんなっ」
一気に顔面が沸騰する穂乃果を見て、ナオミはいつもの妖艶な笑みを引きつらせながら、「たく、焦ったわ……」と小さく笑った。
「んもう……来るなら来るって言っときなさいよ。本気で焦ったんだから」
「すみません……」
やはり、迷惑だっただろうか。しゅんとする穂乃果の頭上で、ナオミがフッと笑う気配がした。
「まーたそんな顔して。たく、もっと自信持ちなさいよ。ほら、荷物。持ってくれるんでしょう? 近くに美味しいカフェがあるみたいだし、そこに行きましょ?」
「えっ? は、はいっ!」
病院から少し離れた、落ち着いた佇まいの隠れ家カフェ。
運ばれてきた温かい珈琲と甘いシフォンケーキを前にして、穂乃果はようやく一息つきながら、胸に溜まっていた疑問を口にした。
「あの……さっきの、父のことなんですけど。お店の事知ってる風でしたけど……」
「あぁ、彼、うちの常連さんの一人なのよ」
「えっ!? うそ……っで、でもっ! 私っ、一度もお店で会った事なかったですよ? 理人さんたちはよく見かけましたけど……」
「当然でしょ。何のためにアンタを表に出さないようにしてたと思ってんの。だって嫌でしょう? 自分の溺愛してる娘が、父親の夜の遊び場にいたら気まずいでしょ。だから、アンタが来そうな日は前もって音治さんに来ないようにさりげなぁく誘導してたの」
「そう、だったんですか……」
珈琲を上品に啜りながら、さらりと言ってのけるナオミ。その不器用で深い優しさに、穂乃果の胸がじんわりと温かくなる。
「他には? 聞きたいこと、あるんじゃない?」
頬杖を突きながら促され、穂乃果は口にしていたシフォンケーキをごくんと飲み込んだ。
「あの、慰謝料請求って……ナオミさんがそんなのしてるなんて私、知らなかったです……」
「あぁ、あれ? やぁねぇ。アンタの意志を聞かずにするわけないじゃない」
「えぇっ!? じ、じゃぁアレは、嘘だったんですか?」
「フフッ、そりゃ、穂乃果が言ったって効果ないかもしれないけど、VIP室に泊まれるくらいの金持ちが言う事ならあり得るかもしれないって思っちゃうでしょう?」
「……っ」
確かに、そうかもしれない。自分には慰謝料請求するための弁護士を雇うお金の余裕なんて無かった。だから里奈達は穂乃果からの請求は無いと信じて疑わなかったはず。
ナオミはフッと悪戯っぽくウインクをした。
「でもね、あのバカナース、鍵もかけてないSNSで堂々とあんたのお金で買ったブランド品やら旅行やらを自慢してたでしょう? 証拠なんて一瞬で集まったわ。あとは音治さんの名前さえ出せばインパクトは十分。あのクズ共は自滅するしかないもの。アタシ、嘘は言ってないわよ?」
「そうだったんですか……。でも、私だってびっくりしたんだから! ウチの病院に入院するんだったら、最初から言っててくれたらよかったのに。しかも特別室って結構高いんですよ?」
「言えるわけないじゃない、アンタがそこの看護師だって知ってたからこそ、黙ってたのよ。だって、前もってアタシが入院するなんて言ったら、アンタ仕事中ずーっとそわそわしちゃうでしょ?」
「あ……」
図星を突かれ、穂乃果は思わず言葉に詰まる。ナオミはそんな穂乃果の反応を愛おしそうに見つめながら、いたずらっぽくウインクしてみせた。
「それに、アタシ自身は普通の個室でいいって言ったのよ? なのに、一般個室が丁度空いてなかったらしくって。いつもお店で楽しませてもらってるお礼だって言うから甘えちゃったけど……まさか、よりによってそこがアンタの担当病棟だなんて、夢にも思わなかったわ」
「ふふ、本当ですね。でも、同じフロアに居てくれたお陰で怖い目に合わなくて済んだから……」
「そうね。……それにしてもアイツらムカつくわね! アタシの穂乃果に手ぇ出すなんて……」
低く掠れた、けれど激しい怒りを孕んだ地声。
さらりと口にされた『アタシの穂乃果』という強烈なワードと情熱的な視線に、穂乃果の胸はドクンと大きく跳ね上がった。
(まただ。アタシのって……)
これまでにも時折、ナオミが口にしてくれたその言葉。
じわじわと胸の奥に広がっていくのは、なんだかくすぐったいような、それでいてひどく気恥ずかしいような、不思議な感覚だった。
怒りを滲ませ、自分のために拳を握りしめてくれているナオミの横顔を、穂乃果は息を詰めて見つめる。
バーで完璧なママとして振る舞う彼でもなく、父の前でビジネススマイルを浮かべる織田健司でもない。今、目の前で剥き出しの感情を見せているこの人は――。
(……そんなこと言われたら、ナオミさんも、私と同じ気持ちなのかもって、期待しちゃうじゃない)
ただの『居候しているだけの女の子』でもなく、『お世話になっている院長の娘』でもなく、ひとりの人間として自分を求めてくれているのではないか。
高鳴る鼓動が耳の奥でうるさいほどに響く中、穂乃果はそっと視線を落とし、珈琲カップを包む自分の指先に力を込めた。
(……期待しても、いいのかな?)
まだ答えの出ない、けれど甘く切ない予感に胸を締め付けられながら。
先ほどまでのハラハラ感はいつしか完全に消え去り、二人の間には、言葉にならない濃密な熱を孕んだ静寂が、ゆっくりと満ちていく。
――その時だった。
#エドコレ
コメント
1件
きゃー!もう今回も尊すぎて無理😭💕 ナオミさんの「アタシの穂乃果」連発が心臓に悪い!しかもお父さんとの関係や慰謝料の真実が明かされて、ナオミさんの穂乃果への深い愛情がひしひし伝わってきた…。二人の距離がグッと縮まった気がして胸が熱くなったよ!最後の「その時だった」で終わるのズルすぎる!続きが気になって夜しか眠れないんだけど!?😫💕⋆ かんなさん神すぎる〜!