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「パパ、今日ね、クラスのお友達と原宿に行ってきてもいい? パンケーキ食べてみたいの!」
ひまりの口から出た「原宿」という未知の単語に、事務所の空気が一変した。
原宿
そこは若者の聖地であり、俺たちのような「裏の住人」にとっては
迷路のように入り組んだ、ある意味で新宿より厄介なシマや。
「……原宿やと。和幸、あそこの治安はどうなっとる」
「兄貴、最近は平和ですけど、とにかく人が多いっす!お嬢みたいな初心者が行ったら、タピオカの波に飲み込まれて行方不明になりますよ!」
「……なんやと。和幸、長治! すぐに準備せぇ。ひまりの初デートを完璧に警護するぞ」
当日
ひまりは可愛い私服で出かけていったが、その後方には、完全に街に馴染めていない男たちがいた。
俺は「少し派手な観光客」を装うために、アロハシャツにパナマ帽を被ったが
どう見ても「密輸ルートのボス」にしか見えん。
和幸たちはひまりが向かう予定のパンケーキ屋に先回りし
不審者がいないか、椅子の座り心地はどうか、抜き打ちで「検品」を開始。
「おい、今の女子高生が『エモい』って言ったぞ。どういう意味や?」
「エモいってのはエモーショナルって意味っすよ、心が揺さぶられて、何とも言えない気持ちになる」様子を指すスラングっす」
「ほう?」
ひまりたちが店に入ると、そこには既に「客」を装った長治たちが座っとった。
屈強な男たちが、ピンク色のクリームが乗ったパンケーキを死ぬ気で頬張る光景は、もはや怪奇現象や。
ひまりが友達と楽しそうに笑い、例の「変なクマ」の御守りを鞄に付け直しているのを見て
俺は店外の物陰から双眼鏡を覗きながら、静かに涙した。
(……ひまりが友達と笑っとる。それだけで、ワシはもう……)
その時、ひまりたちにチャラついたナンパ男が声をかけた。
「ねぇ君たち、この後どこか行かない?」
俺の理性が弾け飛ぶより早く、店内の「客」たちが一斉に立ち上がった。
「……おい、兄ちゃん。その子らが誰か分かって声かけとんのか」
長治が、パンケーキのシロップがついた口元のまま低く凄む。
ナンパ男は、店内の客全員が「本職」のオーラを放っていることに気づき、腰を抜かして逃げ去っていった。
「……あ、えっ、パパ、そこにいるの?」
ひまりが窓の外の俺を見つけて、苦笑いしながら手を振った。
結局、警護がバレた俺は、ひまりに怒られる覚悟で肩を落として歩いとった。
だが、ひまりは俺の隣に来て、そっとアロハシャツの袖を引いた。
「パパ、過保護すぎ。…さすがに恥ずかしいよ。でも、パンケーキテイクアウトしたから。はい、あーん」
「……っ」
俺は原宿のど真ん中で、苺の乗った甘ったるいパンケーキを一口食べた。
人生で一番甘くて、そして少しだけ恥ずかしい味やった。
「……和幸。…明日から、事務所の朝飯はパンケーキや」
「兄貴、もう胃が限界っすよ……」
ひまりの中学生活。
パパの「擬態」はまだまだ道半ばやが
この子の笑顔のためなら、俺は原宿の龍にでも、パンケーキの妖精にでもなってやる。
#シリアス
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