テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
370
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
Pain Trigger
―――
嫌な夢を見た。
大きな男に襲われる夢。
全然力で敵わない。
けど殴ったりされる訳じゃなくて、ただ押さえつけられて、身動きが取れない。
浮き出た筋肉が妙に生々しくて…動けない…
なんとか逃れようとしても、抵抗すら許されない。
…助けて…誰か、助けて……。
叫ぼうとしても声が出ない。
そのうちぼんやりとそいつの顔が見えてくる。
…誰?
……あ……嘘……
俺を見下ろす甘い顔。
その表情は笑っていて…でもその目だけが全然笑ってない。
……勇斗。
…………
………
……
…
「……」
朝の光で目が覚めた。
まだ身体が硬直している気がした。
呼吸が詰まる。
なんで……こんな夢……。
夢……?
まだ覚束ない意識とバクバクした心臓の鼓動がさっきまでの恐怖に似た記憶を蘇らせる、
「……夢だ」
自分に言い聞かせるように呟くと、やっと現実に戻ってきた実感が湧いた。
変な夢だった。
過去にないぐらい意味わからん夢。
…ていうか、なんで…勇斗?
勇斗が怖いとか、思ったことなんて無いのに…。
「ふう…」
もう起きよう。
考えることをやめて、ベッドから出ようと足を下ろした時に気付く。
「……」
…下半身ガチガチやんけ。
朝勃ちとはまた違う迫り上がる感覚のソレに、一人なのにめっちゃ気まずくなる。
え、え…なんで…?
「ちょっと…待って…なにこれ…」
別の動悸がしてきた。
このままだと辛い。てか今も辛い。
けど、このままこれを処理したら、まるでさっきの夢が俺が望んだ事みたいじゃないか。
「……っ」
…シャワー浴びよう。
無視…無視無視。
変な反応してんじゃねえよ、俺の身体…。
…………
現場について椅子に座る。
ハァ〜…なんか身体が変だな。
抜かずに鎮めたから?
シャワーの感触にすら敏感になってた…。
なんだよこれ…。
「仁人」
「っ!」
両肩に手を置かれて過剰なくらい身体が跳ねた。
その声が勇斗のものだと、コンマ何秒か気付かないうちに認識していた。
「…えっ…ごめんビックリした?」
手が離されて伺うように顔を覗き込まれる。
…やっぱり勇斗だった。
「…してない」
「…してた!めっちゃビクゥ!ってなってたよ」
「してねえよ!」
「え…」
いつもの調子でからかわれて、思わぬ大声が出た。
今度こそ不審そうな顔でこちらを見る勇斗に、どうしていいかわからなくなる。
「ごめん…ほんと、なんでもないから」
「…」
少しの沈黙が流れる。
「仁ちゃん、なんかあった?」
「…なんもないよ」
「…ほんとに?」
「…うん、ない」
「……じゃあ、俺あっち行ってるから」
「…うん」
その時また、肩にポンと手を置きそうになった勇斗が少しの間のあとひらひらと手を翻して去っていく。
…なんだ、これ。
「……」
まるで触れて欲しかったみたいだ。
いつものように。
去っていく勇斗の後ろ姿を見ながらぼうっと顔が熱くなるのを感じた。
多分いま、触れられたら困るのに。
…………
その日の撮影の中盤に、並んでご飯を食べた。
たまたまの席順。
その頃には俺も慣れてきて、朝の出来事を忘れつつあった。
「…ねえ仁ちゃん?」
「んー?」
もぐもぐと弁当に目を落としながら答える。
答えてもいないけど。
「俺…なんかした?」
「…は?」
「…なんか今日さ、妙ーに隙間空いてない?俺と」
「…隙間って」
「だってなんか、遠いよ?」
「…」
無意識だった。
隣同士の椅子が30cm程空いている。
他の奴らはそこまで空いてない。
「…朝も、なんか変だったし」
「…お前が悪いんだろ」
「え…」
「お前デカいんだから自覚しろよ」
全く目を合わさずそう言った。
「…え、今更それ言うの?」
「え…?」
顔を上げた。
半笑いでこちらを見る勇斗の目が笑ってない。
…ゾクッとした。
まるで今朝見た夢の中の勇斗のような表情。
「……」
「…なにその顔」
ふっとまた表情が変わる。
「…顔赤いよ?」
「…赤くない」
「…赤い」
「…っ」
頬に手を伸ばされて一瞬きゅっと目を瞑る。
指先が俺の頬に触れるとピクリと眉が動く。
なになに…なんで触んの?
「…仁ちゃん、今日はほんとに変」
「…変じゃねえし」
「そんな…警戒しないでよ」
「…してない」
「ほんとに?」
「…」
ゆっくりと近づく顔。
目と目が合ったまま、どんどん近付く。
待って…近い…
反射的に目を瞑った。
「……」
「……」
薄らと目を開けると、俺の至近距離でピタッと止まったまま俺の表情を確認するような視線を向ける勇斗。
「……あー。今日も可愛いね」
「…」
「……意味わかんねえ」
「…」
パッ、と顔も手も離されて、誤魔化すように独りごちている勇斗を見てふっと我に返る。
「……」
「……」
そのあとは会話もなく、ただ無心に弁当を食べた。
食べ終わった勇斗は別の場所へ行き、別の誰かと談笑していた。
いつも通り、いつも通り。
「じーんちゃんっ」
「…なに」
「今日めっちゃ一人やん。あっち行こうや」
「…やめとく」
「なんで??疲れてる?」
「まあ、そんなとこ」
「ふーん…つまんな」
「つまんなくていいから、あっち行け」
スマホに目を落としたままのやり取り。
肩に置かれた手が離れて、そのまま舜太の気配が遠くに行った。
今日は誰とも話したくないな。
放っておいてくれ。
…………
「仁人」
「はっ…な、なに?」
「…なにその反応」
「…別に普通だろ」
また勇斗に後ろから声をかけられた。
ついまたビクッと身体を跳ねさせてしまう。
あー…これめっちゃ疲れる…やめたい…。
「…なんかめっちゃ嫌なんだけど」
「なにが」
「…舜太にはビックリしないじゃん」
「…え?」
「さっき、舜太が俺と全く同じことしてた」
「…」
「仁ちゃん、ビックリしてなかったよ」
言われて思い返す。
舜太…ああ、話しかけられたな。
肩…触れたか。
手を置かれたような気もする。
「…たまたまじゃね?」
「…そうも考えたけど」
「うん…たまたまだよ」
「…俺なんか、仁人に嫌われるようなことした?」
嫌い…?そんな訳ない。
嫌いなんかじゃない。
勇斗は…なにもしてない。
普段通りだ。
距離感も…スキンシップも…多分普段通り。
俺が…俺だけが変なんだ。
「…そんなんじゃないよ」
「じゃあなに?」
「お前怒ってんの?」
「は…いや…」
「…ごめんね」
「…なんで謝るの?」
「なんか…反応おかしくてごめん」
黙り込んだ。
もう周りは帰り始めてる。
一日の疲れと過剰に身体が反応した疲れでどうでも良くなってくる。
勇斗からしたら今日の俺は異常なんだろう…ならとりあえず謝っとこ…。
「……じゃあ飯付き合って」
「…え?」
「…飯いこ?」
「……」
正直もう帰りたかった。
だけど…こんな傷付いたみたいな顔で誘われると断れない。
「…いーけど」
「まじ?やった」
「…なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「え?」
「いや」
「…嬉しくねーし」
「ははっ…」
やっと今日ホッとして笑えた気がする。
勇斗のいつもの顔と声に安心する。
夢なんて自分じゃどうにも出来ないものを引きずって、馬鹿みたいだな、俺。
―――
少し薄暗い照明。
端々に置かれたフェイクのキャンドルライトが本物みたいに揺れてる。
「……なんか」
「めっちゃオシャレでしょ〜」
「…うん」
「ここ来てみたかったんよねー」
ウッディな雰囲気で掘りごたつになってるテーブル。
壁が象牙のようで、キャンドルライトが映える。
なんか…オシャレ過ぎてちょっと落ち着かない。
「うわっ、カルパッチョだって」
「え、食いたい」
「海鮮系も強いね〜」
「あー海鮮めっちゃ食べたいわ、頼んで」
「はいはい」
「ご飯系もお願い」
「うん、俺も頼む」
さっき勇斗が価格はリーズナブルって言ってたけど、そうでも無さそうな雰囲気だな。
けど、たまにはいいか。
…………
店員さんに注文を済ませると先に頼んでおいた飲み物に口を付けた。
「仁ちゃんはこういうとこって来るの?」
「来ないね」
「俺も普段はあんま来ないけどね」
「家ばっかだよ」
「ふふ、知ってる」
「ここ超オシャレだけど、誰かとまた来るみたいなことは無いだろうなあ」
「俺は今度使ってみようかなー」
「ん?…誰と?」
「え?」
「…」
「いや、決まってないけど」
まるで連れてきたい人がいるみたいな言い方に少し引っかかる。
「…お前いま一番狙われてるだろうから気を付けろよ」
「えっ、あー…まあそうか」
「うん。ガチでね、お願いね」
「うん。でもそういうのは今んとこ無いよ」
「…そうなの?」
「うん、無い無い」
「…ふーん」
「てか仁ちゃんは?」
「…俺?」
「うん」
「俺も…無いよ」
「へー。手繋ぎデート、したいんじゃないの?」
「…したいけど、別にいつもしたい訳じゃないし」
「ふふ…へー」
細かいとこ覚えてんじゃねーよ…。
「あっ」
「ん?」
飲み物を飲みながら、なにかを思い付いたような勇斗に目をやる。
「俺らで繋げばよくない?」
「は?」
「手繋ぎデート、俺らでしたら撮られても問題ないっしょ」
「…ん、どこまで本気で言ってるかまじでわからんのだけど」
「…100本気だったらどうする?」
笑ってる。
笑ってるけど、また目が笑ってない。
「こっわ」
「…こわい?」
「その顔やめろ」
「顔?」
「まじでガチみたいだからやめてね」
「…あー。ほんと仁人って沼だよね」
「…は?」
片手を頬について呆れたように言われる。
「さっきまでうさぎみたいにビクビクしてさ。俺は捕食者かーって思わされたと思ったら、今はこんなにふてぶてしいし」
「…普通じゃん?」
「うん…普通。でも今日はもう俺を拒絶しないでね?」
「え…」
「…結構傷付いたんだから」
「…」
「ね?」
「…わかった」
その後食事が届いて、来るもの全部美味しくて二人とも機嫌が良く饒舌になる。
くだらない話が楽しい。
全くタイプの違う俺たちだけど、こうして過ごしているとそれすらも意識しなくなる。
「…うまかったね」
「うん、ここいいな」
「ね、また来たい」
「俺もー」
「また一緒に来よ」
「…そのうちね」
「え…それ絶対口約束じゃん」
「そんなことないって」
勇斗の拗ねたような顔に笑いがこぼれる。
…こいつが怖いわけなかったんだ。
というかメンバーの事を怖いと思ったことなんてない。
信頼、してる。
あんな夢見たから、それだけ。
「行こっか」
「うん」
その後会計を済ませ、店を出た。
とっぷりと日が暮れた街が賑わってる。
東京の街並み。
少し寒くなってきたな。
「うー寒いっ」
「寒っ…」
「じゃあ、手繋ぐ?」
「え?」
「ほら」
差し出された手に戸惑う。
え?ガチ?
「いや…こんなに人目あるとこで無理でしょ」
「…じゃああんまないとこ行こ」
「…どこ?」
「適当に歩いてたら人少なくなるでしょ」
「え、歩くの?」
「うん、嫌?」
「だって寒いし…」
「…じゃー…俺んち来る?」
「…んー」
「…今日は拒絶しない、でしょ?」
「…はあ。わかったよ」
仕方なしにそう答えた。
なんか妙に絡むなーこいつ。
でも、それよりも早く暖かい場所に行きたかった。
寒い、まじで寒い。
タクシーを止めた俺たちは勇斗のマンションへと向かう。
着替え…はあるか。
あー…バス用品ないじゃん。
…借りるしかないか。
肌の調子が変わりそうで嫌だなあ。
車に揺られながらそんな事を考えていると、ふと手を握られた。
「…おい」
「…いーでしょ別に」
「…よくない」
「…誰も見てないよ」
「俺が見てる」
「仁ちゃんはカウントされません」
「…なにそれ」
更にぎゅっと握られた手に少し戸惑う。
勇斗に触れられる事には慣れてる。
でも…こんな風に大きな手に包み込まれると、なんとなくいつもと違って焦る。
「…」
「…」
「…」
「…やっぱこわい?」
「へ…」
「俺のこと…こわい?」
至近距離で目が合う。
夜の街の灯りが勇斗の目に映っては消える。
少し真剣な顔。
「…こわくねえよ」
「…ならいいけど」
繋ぎ直された手が温かくて、別に怖くなんてないって心の中で自分に言い聞かせた。
―――