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#異世界転移
花月夜れん
2,559
設楽理沙
880
耀聖(ようせい)
269
耀聖(ようせい)
855
布の敷かれた木箱に入れられた、一幅の掛け軸。
雲嵐が制作をしていたもので、完成した作品を丁寧に梱包して納品しに行くところだ。
納品先は皇太子妃殿下の住む宮なので、男性は立ち入れない。
姜弘が壁画制作をするために後宮に立ち入っているのは、制作物を移動出来ない為に取られている特例措置。
通常男子禁制の場所へは製作者に代わり、宦官が持って行くことになっている。
作品を持ち、煜峰と一緒に東宮へと来た麗霞は、外で控えていた侍女に取り次ぎをお願いして宮の中へ。
通された部屋には、皇太子妃の他にも男性が一人――暁明皇太子もいた。
「皇太子殿下と皇太子妃殿下にご挨拶申し上げます」
煜峰が膝を折り挨拶をすると、暁明皇太子は「よいよい」と手を振った。
「堅苦しい挨拶はいいから。私と煜峰の仲ではないか」
「そうですよ。さあ楽にして、顔をよく見せて下さい」
煜峰が面を上げることを許されても、麗霞はまだだ。そのまま平伏していると、侍女が皇太子妃に何やら耳打ちをした。
「そこの官女も面を上げて」
「はい」
顔を上げた先に居た侍女と目が合った。パチンと片目を瞑られて、皇太子妃も含み笑いをしている。
実は皇太子妃は、恋恋のお得意様。絵の受け渡しは侍女にしているので初めて会うのだが、侍女に麗霞が誰なのか教えられたようだ。
その様子に気が付いた暁明皇太子が首を傾げている。
「桜綾は彼女と知り合いなのかい?」
「いえ、会うのは初めてですわ」
意味深な物言いに暁明はなおも不思議そうな顔をしているが、横にいる煜峰からはジト目で見られた。
もう気付いちゃうなんて、感がよすぎるでしょ!
「新しい絵が完成したと聞きました。早速見せてちょうだい」
話を切り替えるように皇太子妃が作品を見せるようにと促してきたので、麗霞は木箱の蓋を開けて掛け軸を広げて見せた。
「まあ……」
「おお、これは」
描かれているのは虎の絵。
竹林の中から現れた虎が、鋭い牙を見せつけて威嚇している。
今にもこちらに飛びかかってきそうなほど躍動感に溢れ、鋭い眼光に射殺されそうだ。
「見事な作品ね」
「この作品は成俊昊殿から雲嵐に依頼があり作成されたと聞いた」
「左様でございます。邪気を払い除け、妃殿下をお護りするようにとの願いを込めて、この虎の掛け軸を依頼されたそうです」
「そうか、そうか。成殿には後で礼を言わねば」
「はい。わたくしからも、礼状をしたためましょう。それから雲嵐にも褒美を差し上げては如何でしょうか」
「ああ、そうだな」
皇太子夫妻は雲嵐の絵に満足して眺めている。
確かにこの虎の絵は勢いが凄い。
夜中に寝ぼけ眼でこの絵の前を通りかかろうものなら、本物と間違えて悲鳴を上げてしまいそうだ。
「成俊昊殿によると、この絵は寝所に飾ると良いと言付かっております。寝所は最も無防備になる場所ですから、この虎の掛け軸が妃殿下をお護り下さるでしょうとの事でした」
「あら。でも寝所には既に、以前頂いた天女様の掛け軸が飾ってあるわ」
「そちらの掛け軸についても成殿から言及がございました。来訪者も天女様を拝めるよう、いま私たちがいるこの間に飾っては如何かと」
「そこまで気を使ってくれるとは。成殿もよく気が利く」
作品を見終えた頃合を見計らい、侍女に掛け軸を渡して後ろに下がると、煜峰が麗霞だけ先に戻るように言ってきた。
「私はまだ皇太子夫妻に用がある故、お前は先に戻りなさい」
「かしこまりました」
煜峰と暁明皇太子は、兄弟の中でも特別な間柄だ。親しい者同士で話しをしたいのだろうと、麗霞は一人で宮を出た。
「恋恋さん」
「はい?」
皇太子妃殿下の宮を出ようとした所で、侍女が声を掛けてきた。歩みをとめた麗霞に、侍女は「こっちよ」と言って背中を押され、身体の向きを変えられた。
「妃殿下があなたと話したいのだそうよ。煜峰殿下と話を終えたらいらっしゃるそうだから、それまでこちらの部屋で待っていて」
そう言われ通された部屋に入ると、今度は茶を出された。
一介の官女にお茶まで出してくれるなんて。栗家はそんなに恭しい待遇を受けるような家ではない。
官女・栗麗霞ではなく、あくまで春画家・恋恋として招いたということみたいだ。
侍女がお茶を入れてくれている間、部屋を見渡す麗霞は、先程掛け軸を渡す為に入った部屋で感じた違和感をここでも感じていた。
一つ一つの家具や装飾品が、麗霞が手を出すことなど叶わないような逸品であることには違いない。が、何だか地味……いや、無骨と言った方がしっくりくるかもしれない。
はじめは清貧な方なのだろうと思ったが、それとは違う。麗霞が見ても分かるくらい高価だと分かる代物ばかりなのだから。これをなんと表現したらいいのか……
――まるで男性の住む宮に居るみたい。
これだわ!
「宮のコーディネートは妃殿下がなさっているのですか」
「何か気になることでも?」
いきなり変な質問をしてしまった。警戒するように聞き返されて、麗霞は正直に答えることにした。
「私が想像していた妃殿下のご趣味とは、随分と掛け離れていたものでしたから」
皇太子妃から恋恋に出される要望は、かなり甘ったるいものだった。
花の咲き乱れる野外で✕✕して✕✕しちゃうとか、蜂蜜を使って✕✕を✕✕して✕✕するとか……。
ふわふわっとした乙女チックな部屋か、もしくは妖艶な色気漂う部屋だと思っていたのに、全く違う趣向だったことに麗霞は違和感を覚えていたのだ。
麗霞が言わんとしている事が分かったのか、侍女は「ああ」と声を漏らしている。
「そうですね。風水師にアドバイスを頂いて、それに基づいて妃殿下が家具などを選んでおりますので、完全な妃殿下のご趣味とは言えません」
「そうでしたか。これまで妃殿下のご趣味とは違う趣向の絵をお渡ししていたのではないかと、心配してしまいました」
「そんなことはないと思いますよ。満足のいく出来だったからこそ、何度かあなたに依頼したのでしょうから」
「それなら安心しました」
「私は部屋の外で待機しておりますので、何か用があればなんなりとお申し付け下さい」
「ありがとうございます」
侍女の気遣いに感謝しつつ、麗霞は改めて部屋の中を見た。
風水師によるものなら仕方ないかぁ。
縁起のいいようにと考えられているのだろうし。
あら? あの絵……。
麗霞は部屋の中にある一枚の絵に目が止まった。
「これも雲嵐様の作品だわ」
きっと初期の頃の作品じゃないだろうか。天神の大きな絵が飾られている。
緑色に塗られた肌と、恐ろしい形相。その背には雷と炎を背負っている。
こんな厳しい見た目に反して慈悲深い神だと言うのだから、神も見かけによらないものである。
「落ち着かないのはこの絵のせいね」
雲嵐の絵は迫力があるので、絵から感じられるパワーと威圧感が凄まじい。
今回の虎の絵だってそうだし、あんなのを寝所に飾ったら、自分なら眠れなくなりそうだ。
天女の絵のままの方が良いのでは? などと考えていると、「気になるの?」と突然声を掛けられた。
コメント
1件
麗霞が感じ取った「まるで男性の住む宮に居るみたい」という違和感、すごく印象的でした。皇太子妃のお願いしていた絵のテイストから想像する乙女チックな空間とは全然違う内装で、しかもそれが風水師のアドバイスによるものだという。この「設定の裏に別の設計がある」感じ、たまらないです。雲嵐の天神の絵にも触れられて、世界の厚みがぐっと増してきましたね。何か大きな伏線が動き出しそうで続きが気になります。素敵なエピソードをありがとうございます。