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『とまり木』は王太子殿下直轄の精鋭部隊。レオンの身の安全を守るのを第一とし、彼の命令にしか従わないとされている。
お会いできたのは7名いる隊員のうちの5名。残りのふたりには、今の今まで顔を合わせる機会が無かった。レナードさん達の時と違い、レオンが紹介の場を設けてくれなかったのも理由だ。護衛として直接私と関わることになるレナードさん達が特別だっただけなのかもしれない。いずれにしろ、いつか会えるだろうとそこまで気に留めてはいなかったのだけど……それがこんな形で実現するなんて。
「ちょっと、アンタいつからいたんだよ。ひとんちの店の床を昼寝場所にしないでくれる!?」
私達のもとにギルさんがやってきた。彼もユリウスさんがいたことには気付いていなかったみたい。知ってたらとっくにレナードさんに伝えていただろうしね。
「1時間くらい前かな。インクを買いに来たんだけど……ここなんか良い匂いがするし、途中で眠くなってね。少しくらいなら大丈夫だろうって」
良い匂いというのはお香だろう。私も店に入って1番にそれを感じたのだから。お香の香りが眠気を誘発したのだろうか。だとしたらギルさんの言っていた通り、リラックス効果抜群ですね。
「変な邪魔が入って起こされちゃったけど、もう少しだけここで寝かせてくれない? そうだな……あと2時間くらい。別に良いだろ」
「良くない!! レナード、この人お前の同僚だろ。だったら王太子殿下に付いてるエリートじゃないのか。なんでそんな人がウチの店の床で寝ようとしてんだよ。どうにかしろ」
「ユリウス……あなたがプライベートで何をしていようが、私には関係の無いことだ。ギルの店で昼寝をしようが知ったことではない」
「おい!! ちゃんと注意しろや」
「けれど、あなたのせいで先程クレハ様は転倒してしまった。怪我が無かったとはいえ、痛い思いをさせた。それについてはどう落とし前をつける?」
レナードさんまだ怒ってる。お店の床で寝るのはどうかと思うけど、転んだのは私が足元をよく見ていなかったせいでもあるのに……
「らしくないな、レナード・クラヴェル。そんな小さな子供にずいぶんと手懐けられたものだ」
「何とでも言え。私はレオン殿下によりこの方の護衛を仰せつかっている。クレハ様を傷付ける者がいたら……それが例え見知った仕事仲間であろうが斬る」
物騒極まりない発言がレナードさんから飛び出して、私は慌てた。ちょっと転んだ程度でそんな大事にしないで欲しい。
「レナードさんっ……!! 私大丈夫でしたから。怖いこと言わないで下さい」
「しかし、クレハ様……」
「ユリウスさん、さっきは足を引っ掛けてしまってごめんなさい。私、クレハ・ジェムラートと申します」
「……知ってるよ。殿下から話は聞いている。それに、さっきからクラヴェルが何度もあんたの名前を呼んでいるじゃないか」
「あっ、そう……ですよね。えっと……ユリウスさんも『とまり木』の方なんですよね。お会い出来て嬉しいです。インクを買いに来たと仰ってましたけれど、凄い偶然ですね」
「…………」
「お店の良い匂いはお香だそうですよ。私も気になってて……ひとつ買ってみようかなと思っていたところなんです」
「…………」
どうしよう。会話が続かない。コミュ障の私には難易度が高過ぎる。ルーイ様助けて。苦し紛れの神頼みをしてみるも、生憎と神は不在である。きっとルーイ様ならこんな時でも上手くお話しできるんだろうな。ユリウスさんまだ眠そうだし、無理に話しかけない方が良いのかな。
「クレハ様、その者に構わなくてもいいですよ」
「えっ、でも……」
「……プライベートじゃない。要も無いのにこっちに来るわけないだろう」
かなり間を置いたけれど、ユリウスさんが口を開いた。しかし、言及したのはレナードさんが発したプライベートという単語について。
「もう6日ほど前になる。殿下に召集をかけられた。事件について僕の見解を聞きたいとね。こちとら死体の相手は専門外だというのに困ったものだ」
事件って、もしかして釣り堀の……。6日前といえばレオンが昏睡から目を覚ました辺り。ユリウスさんはその頃から島に滞在していたのか。王宮には来ている様子はなかったけど、レオンとはやり取りをしていたみたい。
「……彼は医師なんです」
「お医者様……?」
「ええ、でも彼が得意とするのは薬の調合。薬の専門家ですので、門外漢と言われればそうかもですね」
「てっきり倒れた殿下のために良い薬を煎じて欲しいって話だと思ったんだがね。遺体は氷の魔法を利用して腐らないよう保管されてはいたけど、まさか検案の真似事をさせられるとは……」
ユリウスさんは管理人さんが亡くなった原因を調べるために島に来たのか。専門じゃないと言っているけれど、レオンがわざわざ呼び出すくらいなのだ。優秀なのだろう。
「クレハ様、真に申し訳ありませんがもう時間があまり無いようです。便箋とお香を購入して王宮に帰りましょう」
「えっ、もう?」
いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。他のお店も見て回りたかったのに……それは日を改めることになってしまった。
「ギル、クレハ様のお香選び手伝ってくれるか?」
「は? ああ、良いけど……」
元々、レオンがお勉強をしている間の外出であったから、時間に余裕がないのは分かっていたけど……それにしたってレナードさんは唐突だったと思う。まるで、ユリウスさんが事件の話を始めたから、慌てて帰宅を促したかのように見えたのだ。いや、きっとそうだ。
薄々気付いてはいたけど、さっき私が転んだ時の慌てぶりで確信した。レナードさんも物凄く過保護だ。下手をしたら私の両親よりも……
管理人さんの遺体が発見された時の凄惨な状況を、私が思い出さないよう配慮してくれたのかな。でも、私はそんなレナードさんの気配りを他所に、ユリウスさんの話の続きが……事件の詳細が気になって仕方がなかったのだった。