でもこれを書いてて思う。それだけ優斗は、座敷わらしが怖かったんだろう。それは責められることじゃないと、今なら分かる。
ここから俺は、ほとんど蚊帳の外だった。
とはいっても、なにもせずいたわけじゃない。戻るときに持ってきた新聞紙や雑巾で床板を拭いて、それが終われば供え物や線香立てなんかの道具もキレイに掃除していく。
よく考えれば、祭壇に線香立てなんて普通置かない。元々は仏壇のつもりで作られたのかもしれない。
祭壇から取り出されたのは、ほとんどが古い道具だ。なにをどう使うのかも分からないけど、じゃらじゃら鈴がついた棒やお皿、花瓶みたいなもの、その他いろいろだ。捨てられず溜まっていったものが多く見える。
最後に残ったのが、最上段に飾られた鏡だ。鏡は神社のご神体だと聞いたことがある。
優斗が真面目な顔で、また両手を合わせた。
「今からキレイにします。少しだけ血縁外の人間に預けますが、許してください」
そう言って、今までで一番慎重に、鏡を手にした。
──キレイに磨き上げられてるはずなのに、ぼんやりと曇って見える。古い鏡だからだろうか、どこがとは言えないけど黒ずんでいるように感じた。
優斗越しにじっと、鏡を覗きこんでみる。
俺の後ろに、なにかいたように見えた。
「……っ!?」
慌てて背後を見た。だけどなにもいない。
ただ首の後ろに一つずつ、プツプツと鳥肌が立っていくのを感じた。
さっき見た人だと、直感した。詳しくどんな人だったかは分からない。黒髪だったこと、俺たちくらいの背丈だったことくらいしか覚えていなかった。
それでも確かに、俺は見た。
部屋を出て行く俺たちをじっと見ていたあの人を。
俺の背中にピッタリ貼り付くように、俯いたまま立っていたあの人を。
振り返ったまま、呼吸が上がっていく。俺は三科家にとって部外者だ。だから祟りに遭うはずがない。賢人さんだってそうだ。
なのに、なんであの人は俺たちを見てたんだろう。
「陸?」
「あ……。いや、なんでも、ない」
優斗は俺に鏡を渡そうとしていた。──正直、受け取りたくない。床に置いてしまえばいいのにと思ったけど、座敷わらしのご神体だ。足元に置くなんてことできないんだろう。
それに賢人さんに祭壇のものを触らせないと宣言した以上、鏡を持てるのは俺だけだ。
恐る恐る、手を伸ばす。
鏡の表面を見ないように目をそらして、それでも間違って落としたりしないようにチラチラと確認しながら鏡に触れた。
当たり前だけど冷たい。思っていたより、重かった。
落とせば割れてしまう物だ。気味は悪かったけど、少しだけ力を入れて持つことにした。
肩から指先にかけて、かゆいようなしびれたような、そんな不思議な感覚になっていく。
「優斗、そこ、両開きになってるね」
賢人さんの言葉に祭壇を見ると、確かに鏡のあった場所は両開きの扉になっていた。ただししっかりと針金で封印されている。
「これ、手で外すのは危なくないかな」
「そうだな、工具はあるかい? ニッパーがあればそれで切ろう」
「大おじさんの部屋に小さい工具箱があったと思う。機械いじりが趣味だったから、昔よくオモチャを直してもらったんだ」
「……ああ、そうか、そうだね。僕も養父さんによく直してもらった」
賢人さんは少し、泣きそうな顔をした。
武さんたちからいじめられる原因になった相手でも、やっぱり賢人さんにとっては父親だったんだろうか。
「修理工じゃないのが不思議なくらい器用な人でね、工具はいい物を揃えてたんだ。きっと手入れも行き届いてるはずだよ。優斗、すまないが探してもらえるかな」
「うん、大丈夫。すぐ見つかるよ」
戸棚の上部にあるガラス戸を開けると、それはすぐ見つかったようだ。本当によく使ってたんだろう。開けた工具箱の中身も、賢人さんが言った通り新品同様だった。
「切るとき、破片が散るかも知れないから本当に気をつけて。もし鋭い痛みを感じたら、すぐその箇所を消毒すること。いいね」
忠告に、優斗はしっかりと頷く。ニッパーで針金を挟み、少し顔をそらして力を入れた。
バチンと音を立て、針金が切れる。いや、よく見るとその衝撃が元になったのか、針金はバラバラと祭壇の上に砕けていた。
少しの沈黙が落ちたあと、優斗の指が取っ手にかかる。
「──じゃあ、開けるよ」
ぽこっと音がして、呆気ないほど簡単に扉が開いた。
だけどまずは、少しだけだ。ほんの少し開いた隙間から、真っ黒い空間だけが見えた。
俺と賢人さんは少し前のめりになっていたと思う。この汚臭の中でもはっきりと分かるカビの臭いが、その隙間から這い出ていたからだ。
一呼吸置いて、優斗の手がゆっくりと扉を開いていく。指先でつまむ程度の小さな取っ手を、震えながら開けていくのが俺の胸を余計にドキドキさせた。
鏡の後ろにあった、観音扉の場所。針金で封印されていた場所。
そこになにがあるのか、なにもないのか。
一歩踏み出した俺の手が、なにかに引っぱられた。
「──え?」
なにかに引っかけたかと見返った先で。
しゃがんで俺を見上げる、空洞のような目がそこにあった。
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