忘れもしない。
貴方が僕を見つけてくれたあの日から、
僕の世界の中心には貴方がいる。
「っ、あ〜!疲れたぁ〜〜!」
部屋に入るなり、元貴はコートも脱がずにそのままソファへ倒れ込んだ。
「本当にお疲れ様〜。でもほら、コートはちゃんと脱いで。シワになっちゃうよ〜」
んー、と呻きながらのそのそと起き上がった元貴は少し不服そうだ。
「インライ、さっき控え室でやっちゃえば良かったかな」
「この部屋の方がオフ感でるっていったの元貴でしょー」
ここは元貴が作業場兼インライなど広報の際に使うために借りている部屋で、プライベートで3人で集まる時も使うことが多い。
「あれ、若井は?」
「コンビニちょっと行ってくるってマンション入る前に言ってたよ」
「そうだっけ、ぼーっとしてた」
僕ならともかく元貴にしてはめずらしい。しかし、最近の忙しさを考えると、それも当然なことのように思えた。今日も午前中から打ち合わせ、雑誌のインタビュー、音楽番組の収録とスケジュールが詰まっていた。明日も午後から音楽番組のリハと動画撮影があり、元貴はそれに加えて主演映画の広報の仕事もあるという。
「最近忙しいからなぁ」
「ありがたい話だけどね」
かしゃん、と少しだけ雑に外した眼鏡を机に置く。その目元にはうっすら隈がみえた。
「元貴、ちゃんと眠れてる?」
元貴は表情も変えず、黙ったままだ。
「ねぇ、やっぱり今日のインライ……」
思わず元貴のそばに寄り、目元に手を触れようとすると、ぐい、と急に腕を引っ張られた。バランスを崩した僕は、ソファに元貴を押し倒す形になってしまう。慌てて起き上がろうとするも、背中に手がまわされ、身動きが取れない。
「元貴……?」
元貴の顔が僕の肩口に埋められている体勢なので、その表情をみることはできない。
「これ、重くない?苦しくない?」
背中に回された腕の力がぎゅ、と強められる。これは黙っていろ、という合図だ。
いつ頃からだったか、2人きりの時だけに元貴が黙ったまま抱きついてくることが増えた。何か言うわけでもなく、何かしてくれと求める訳でもない。ただ黙って、僕を抱きしめる。もともと人懐こい彼はスキンシップの多い方だが、いわゆるじゃれつくという感じの普段とは全く違う雰囲気に最初は戸惑った。しかし、日々の不安や葛藤、焦り、そういったものから人に甘えたくなる時があるのだろうと理解し、元貴の気が済むまで抱きしめられたままでいる。
なるべく元貴に負担がかからないようにと体勢を整え、そっと彼の頭を撫でていると、ガチャリと玄関の開く音がした。若井が入ってきたのだろう。その途端にパッと元貴が腕の拘束をといたので、僕も慌てて起き上がった。
おそらく若井には、幼なじみという関係もあってこういう甘え方は気恥しくてできないに違いない。歳が上の自分にだからこそ、みせてくれる姿なのかもしれないと思うと少しだけ嬉しさをおぼえた。と同時に、自分の中に隠し続けているこの感情を、彼が知ったらもうこんな風には接してもらえないだろうと思うと胸の奥がぎゅっと痛くなった。
※2025/01/07 加筆修正、一人称揃えました
ゆるりと更新していくのでよろしくお願いします!
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