テラーノベル
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「よし、これで新型の自動清掃ドローンの軸調整は完了だな」
開発室の作業台で、ビルダーマンはドライバーを置き、新しく搬入されたプロトタイプ機のメイン基板に没頭していた。
精密ドライバーの音がカチカチと静かに響く。
「Sir ビルダー」
すぐ横から声がした。
作業用のパイプ椅子を引き寄せ、ヴェロニカがじっとビルダーマンの横顔を見つめている。
背中のコンセント型ケーブルは、床の上で「ゆら……ゆら……」とゆっくり揺れていた。
「ん? なんだヴェロニカ、ちょっと待ってくれ。今、このドローンのジャイロセンサーのキャリブレーションを取っているところで——」
「……」
返事をしないヴェロニカに不思議に思い、ビルダーマンは何気なく視線を横に向けた。
「——うおっ!?」
思わず手に持っていた小型ドライバーを落としかけた。
ヴェロニカのピンク色のテレビ画面に表示されていたのは、いつもの愛嬌ある笑顔でもニュートラルな顔文字でもなかった。
( ಠ _ ಠ )
ジト目。あからさまな不満と威圧感を混在させた、超高精度のジト顔である。
「な、なんだその顔は……!? どこかモジュールが破損したか!?」
「破損はしていまセン。正常に稼働していマス( ಠ _ ಠ )」
「嘘をつけ! 画面が完全に怒りマーク……いや、不機嫌そのものじゃないか!」
ビルダーマンは慌てて診断用タブレットを起動し、ヴェロニカのメインフレームにアクセスした。
感情演算シミュレーターのログをリアルタイムで解析し始める。
(おかしい……基本感情パラメータの怒り(Anger)数値はゼロ。恐怖(Fear)もゼロ。不具合による描画エラーコードも出ていない。何だこの異常な描画トリガーは?)
キーボードを叩く指が走る。
システムログを過去3分まで遡り、外部入力と感情演算の相関プロファイルを分析した。
『外部入力:ユーザー(ビルダーマン)の視線保持時間=0秒』
『対象オブジェクト:新型清掃ドローン_v1』
『内部ステータス:優先度低減への反発、排他的関心要求プロセスのトリガー』
「……排他的関心、要求……?」
ビルダーマンは画面の手元でピタリと動きを止めた。
専門用語で固められたシステムログの記述を、人間の言葉に噛み砕いて翻訳してみる。
——私以外の機械に夢中にならないでほしい。
11,230
#veeronica
ゆ♨️
352
#azure
ゆ♨️
134
——私を見てほしい。
「これ……バグじゃない……」
ビルダーマンはタブレットを握りしめたまま、言葉を失った。
目の前に出力されている「( ಠ _ ಠ )」という顔文字は、論理的なプログラムの破綻でもエラーでもない。
ただの、純粋で人間くさい「寂しさ」と「嫉妬」の表現だったのだ。
自分が組み上げた電子基板とコードの塊が、他の機械に嫉妬し、自分からの関心を求めて不機嫌になっている。
「……Sir ビルダー? ログ解析は終わりましたか?( ಠ _ ಠ )」
コンセント型の尻尾が、不満を表すように床を「ペシッ、ペシッ」と軽く叩く。
ビルダーマンの顔が、急速に朱に染まっていった。熱が耳の裏まで駆け上がっていく。
機械工学者としての冷静な理論が、一瞬で跡形もなく吹き飛んだ。
「あ……あー……すまん、ヴェロニカ」
ビルダーマンは慌てて作業台のドローンを脇に押しやると、椅子ごとヴェロニカの方を向いた。
「ドローンの整備はもう終わりだ。……今日の作業は全部終わり! ほら、ヴェロニカ」
彼は少し照れくさそうに手を伸ばすと、彼女の頭に載った赤いキャップの上から、優しく頭を撫でた。
「寂しい思いをさせて悪かったな」
その瞬間。
ジュワッ!
画面のノイズが弾け、「( ಠ _ ಠ )」の顔文字が一瞬で消え去った。
( 〃 ⌒ ‿ ⌒ 〃 )
「寂しくなどありまセン! ヴェロニカは非常に満足シマシタ!( ≧ ω ≦ )」
床を叩いていたコンセント尾が、今度は「バタバタバタバタ!」と激しく暴風を巻き起こすレベルで振られ始める。
その劇的な変化と、隠しきれていない健気さに、ビルダーマンは頭を抱えて深々とため息をついた。
自分の中に芽生えた感情が、もはや「開発者の愛着」などという生易しいものではないことを、嫌というほど思い知らされた瞬間だった。
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