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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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 街路樹の葉はすっかり色を変え、銀杏の葉が風に舞い踊る。

 僕は秋の風に吹かれながら、大学病院へと自転車を走らせた。

 駐輪場に向かう途中、駐車場に一台、パトカーが停まっていたことに気が付く。

 僕は自転車をおいて、真梨香さんの所に行く前に猫の頭が発見されたらしい現場に向かった。

 大学構内の中庭、と言ってもだいぶ広いけど。

 土曜日であるにもかかわらず人が集まっているので、現場はすぐわかった。

 立ち入り禁止の黄色いテープで仕切られた現場には、まだ警察官が立っている。

 猫の死骸はすでに片付けられている様で、血の跡だけが生々しくアスファルトの地面に残っている。

 他に変わった様子もなく、僕は踵を返して病棟へと向かった。

 真梨香さんに言われた病室に行き扉を開くと、そこには大学生と思しき女性と真梨香さんがいた。

 女性の方はベッドに腰掛け、真梨香さんはベッドのそばにある椅子に腰かけて彼女の話に耳を傾けているようだった。

「あれ、人じゃないです絶対!」

 そう、女性は必死の形相で声を上げた。

「そうね。貴方の話からすると、それは人と思えないわね」

 真梨香さんが同調し、頷く。

 あぁ、この女性が目撃者か。

 それにしても人じゃない、ってどういう意味だ?

「真梨香さん」

 僕が声をかけると、女性はびくっ、と身体を震わせて僕の方をおびえた目で見た。

「え? 誰?」

「あぁ、紫音君。ひとり?」

 僕は頷いて真梨香さんに歩み寄る。

「えぇ。臨とは連絡つかなくて」

 言いながら、僕は頭に手をやる。

「で、今日はこの人ですか?」

「えぇ。そうなんだけど……」

「高野先生、この人がさっき言っていた記憶を消すっていう人ですか?」

 疑う様な声音で女性は言った。

「ねえ真梨香さん、早くやっていい?」

 話しが終わっているならさっさと消したいんだけど。

「ねえ本当に消せるの? 本当に?」

 縋るような目で女性が言い、僕は頷いた。

「うん。きれいさっぱり忘れられるよ。だからいいかな、消して」

「その前に!」

 がし、と、女性は僕の腕を掴み、鬼気迫る顔で声を上げた。

「聞いてほしいの、私が見たものを!」

「え?」

 これは初めてのパターンだった。

 というか今まで対象の話を聞く間もなく、言われるままに記憶を消してきたのだから当たり前だが。

「私見たの! 昨日、帰り遅くなっちゃって、急いで帰ろうと歩いていたら……月明かりの中で見たの!」

「見たって何を」

「化け物よ!」

 女性の言葉に、僕は瞬きを繰り返した。

 化け物って……何?

「耳と尻尾が生えた女が、猫を食べているのを見たの!」

「……はい?」

「警察にも言ったけど信じてないみたいだし……」

 言いながら女性は俯く。

 それはそうだろう。

 化け物が猫を喰っていた。

 そう言われてにわかに信じられるかと言われたら、無理に決まってる。

 猫を喰う耳が生えた人間。

 ……まあでも、耳カチューシャとか売ってるしな。

 でも尻尾……尻尾はあるんだろうか。

「すごい大きな尻尾で……なんかの動物みたいな……牙があって、こっちをみて笑ったの!」

 ほんとかよ。

 とは思うものの、口には出せず僕は戸惑うばかりだった。

「紫音君」

 真梨香さんの声にハッとして、僕は女性の顔を見る。

 そして、空いている右手で彼女の頭に触れた。

 目を閉じると、一気に女性が見た映像が流れ込んでくる。

 校舎を出て、空を見上げると満月が浮かんでいた。

 女性は足早に歩いて行くと、ぴちゃ……ぴちゃ……といういう音が聞こえてきた。

 何の音かと不思議に思い道を反れて茂みから現場を見ると、ふさふさの尻尾を持った女性が、猫にかぶりついていた。

 月明かりの中、その女は猫から口を離しこちらを見る。

 そして牙を見せ、にやりと笑った。

 僕は手を離し、ダッシュでその場を後にした。

 トイレに駆け込み、個室に入りドアも閉めずこみあげてきたものを吐きだす。

 胃液ばかりを吐いたため、食道が焼けるような感覚を覚え、舌に苦味が広がっていく。

 なんだ今の。

 口を拭い、僕は振り返る。

 もちろん誰もいない。

 今にもあの女性の記憶に刻まれていた化け物が出て来そうで、気持ちが落ち着かない。

 月明かりの中にいた、真っ白な髪に白い耳、それに白く長いふさふさの尻尾。

 そして、紅い血にまみれた大きな尖った口。

 あの口、まるで犬や狐みたいだ。

 化け物。

 あんな化け物、本当にいるのだろうか?

 昔話や神話には、妖怪が登場する。

 その妖怪が実在する?

 そんな馬鹿な。

 けれどあの女性が、口の大きな耳と尻尾を持つ女を見たのは確かだろう。

 少なくとも、あの女性はそう思っているし、記憶はそれを語っている。

 信じられない。

 けれど……

「なんなんだ、この記憶」

 僕の心には、もやが広がっていた。

 僕はふらふらとトイレを出て、廊下を歩く。

 さっきの病室へと戻ろうとすると、途中で真梨香さんに鉢合わせた。

 彼女は驚いた顔をして僕を見上げ、そして言った。

「大丈夫?」

 その言葉に、僕は首を横に振る。

「さっきの人は」

 掠れた声で尋ねると、真梨香さんは一度振り返った後、僕の方を向いて言った。

「えぇ、大丈夫よ。見たことは綺麗に忘れたみたいだけど……それで、紫音君」

 真梨香さんは真剣な顔をして、声を潜めた。

「彼女が見たもの、本当に、化け物だったの?」

 僕は、その言葉に対して何も言えなかった。

 僕が見たものを話して大丈夫だろうか?

 でも、真梨香さんは彼女の話を聞いているんだよな……

「あれは、化け物だと思います」

 掠れた声で僕が言うと、真梨香さんは腕を組み下へと視線を向けた。

「そうなの……本当にあの子、見たのね」

 いつになく真剣な声で真梨香さんが言う。

「真梨香さん、あの人の話、聞いたんでしょ?」

「えぇ。でもにわかに信じられなかったの」

「だろうね。見た僕も信じらんないよ」

 あんな化け物の記憶はない方がいいだろうが。

 なんであんな化け物が突然現れて、猫を喰ってるんだ?

 ……あ、気持ち悪い。

 猫。

 あんな可愛い生き物を喰うなんて許せない……

 いや、でも僕が化け物を探すのか? 力もないのに?

 警察……はまともに取り合わなかったみたいな話をしていたっけ。

 僕だけじゃ無理だ。

 これは絶対に臨を巻き込まないと。

「化け物が本当なら……警察はあてにならないかもしれないし、でも貴方たちなら何とかなるかなって思ったんだけど」

「僕たち、というより臨の方ですよね」

 臨がもつ、雷を操る力ならこの件に大きく役立つだろう。

 すると真梨香さんは瞬きをして、首を傾げた。

「貴方の力はとても重要じゃないの。貴方しか、あの化け物の姿を見ていないんだから」

 言われて僕は、ハッ、とする。

 あの女性の記憶を僕は吸い上げた。

 しばらくしたら忘れる吸い上げた記憶。

 今はまだ、鮮明に覚えている化け物の顔。

「貴方のおかげで猫を襲っているのが化け物だ、って確証を得られたし、彼女の証言の裏付けは取れた。少なくとも幻ではないわよね」

 幻、なんてことはないだろう。

 とりあえず臨を捕まえないと。

 僕はトートバッグの中からスマホを探し当て、メッセージを確認する。

 数分前に返事が来ていて、

『今日は仕事』

 と書かれていた。

 こんな時にあいつ。

『いつ戻ってくんの?』

『急用?』

『あぁ。臨が好きそうな話だよ。化け物が出た』

『わかった、キャンセルして夜までには戻るよ』

 キャンセルって何を……?

 疑問には思ったが、聞くとめんどくさそうなのでスルーすることにした。

 

 

あやかしのなく夜に

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