テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おっ、やっぱ沖口も来たか!こっちこっち~」
同級生である後藤が、会場の隅にあるテーブルから手を高く上げて俺を呼んでいる。
その姿は、高校の頃から変わらない黒縁のメガネをかけていて
体育祭で実行委員長をやっていた時代を思い出す。
後藤は俺たちのクラスでも特に真面目で、いつもみんなをまとめる立場だった。
その面影が今も残っているのが、なんだか妙に懐かしい。
「お前、全然変わってないのな」
俺がそう言うと、後藤はケラケラと笑って『はっ、そっちこそな』と返してきた。
俺の名前は|沖口《おきぐち》|篤《あつし》
高校卒業以来
顔を合わせていなかった奴らと再会できるということで、久しぶりの同窓会に足を運んだ。
もちろん、再会を懐かしむ気持ちはあった。
だが、本音を言えば、密かに期待していたことが一つだけあった。
それは、疎遠になっていたアイツに、再び会えるかもしれないということ。
淡い期待を胸に、俺は会場の重い扉をゆっくりと押し開けたんだ。
しかし、会場に一歩足を踏み入れた途端
その期待は一転して、複雑な諦めに変わった。
どうせアイツが来ていたところで、俺とアイツの間に何か新しい進展があるわけがない。
そう、分かっていたからだ。
だって、俺はもう10年以上も、このどうしようもない片思いを拗らせている。
高校時代に始まり、卒業してからも、アイツのことが頭から離れたことなんて一度もなかった。
そんな俺に、今さら何ができるっていうんだか
ふぅ、とひとつ軽いため息をついて、空いている後藤の隣に腰を下ろす。
ざわざわとした会場の喧騒が、俺の心の中の静寂と対照的だ。
後藤が手にした注文パネルを俺に見せながら
「なににするよ?」と尋ねてくる。
この重苦しい気分を少しでも晴らしたくて、「とりあえず生で」と答えた。
そうしてコートを脱ぎ、席の背もたれにかけた。
俺の行動をきっかけにしたかのように、他の同級生たちもぞろぞろと集まってくる。
「久しぶり~!」と満面の笑みで俺と後藤に挨拶をしては、それぞれの席に座っていく。
次々と懐かしい顔が揃っていく中、俺はひそかにアイツの姿を探していた。
……アイツは…来てないみたい、だな。
そう確信したとき、どこか安堵した。
いや、安堵したかったのかもしれない。
そのときだった。
後ろから、聞き覚えのある声が俺の耳に突き刺さる。
まるで鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
「あー!あっちゃんてばもう飲んでる!!」
ギクッと、本当にそんな効果音がつきそうなほど、俺の身体は跳ね上がった。
心臓がドクンと大きく脈打つ。
動揺を悟られないように、まるでスローモーションのようにゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、俺の長年の想い人。
中学、高校時代をいつも一緒に過ごした、親友の磯村ハルだ。
15年ぶりに会うハルは、あの頃と変わらず
少し癖のある柔らかな髪が、ふわりと肩のあたりで揺れていた。
あの頃の可愛らしさに加え、洗練された美しさが加わり、今の俺には直視できないくらい眩しかった。
その瞳は、昔と変わらずキラキラと輝いている。
俺の心臓は、まるで初めて恋をした少年みたいに、うるさいくらいに鳴り響いていた。
そんな俺の気持ちを知るはずもないハルは、あのときと変わらない、無邪気でハイテンションな声で話しかけてくる。
背が伸びて大人っぽくなったな、とか、髪も染めたのか、その髪色も可愛い、とか。
素直にそう伝えたいのに、俺の口から出るのはいつも喧嘩腰の言葉ばかりだった。
「お前こそなんだよその髪、いかにもプレーンなハルって感じ?」
言うまでもなくハルは、俺の言葉に口を尖らせる。
「ほんっとあっちゃんって全然変わんないね…てかプレーンって言うなし!」
俺たちの間に流れる、懐かしくも変わらないやりとりに、周りの奴らが笑いながら「まあまあ」と俺たちを宥めてくれた。
別に俺だって、コイツと喧嘩がしたいわけじゃない。
ただ、ハルの笑顔が見たい。
それだけだ。
だからこそ、いつもついからかってしまう。
そのせいで、こんな風にいつもケンカ腰になってしまう。
自分でも本当に困る。
ハルは、俺の前の席にちょこんと座り、頬杖をついてにっこりと笑って、周りの奴らと楽しそうに話し始める。
(ああ…くそっ…俺だってもっとお前と話してたいのに…)
そんな切ない思いを掻き消すように、ジョッキに入った生ビールを勢いよく喉に流し込む。
冷たい液体が喉を通り過ぎていく。
少し遠くから「おめーら相変わらず仲良いなぁ」とからかうような声が聞こえた。
反射的にそちらを見ると、声の主は
クラスのムードメーカー的存在で、俺や後藤とも特に仲が良かった富永だった。
なんなら富永とは、今もたまに宅飲みしながらゲームをしたりする仲だ。
俺がハルに片思いしていることを知っている、唯一の人物でもある。
確か今は、奥さんと子宝に恵まれて、幸せな家庭を築いているんだとか。
それはまさに、ドラマみたいで、つい感心しちまう。
それに引き換え、俺は…
目の前で女子にチヤホヤされて、嫌な顔一つしないハルに無性に腹が立って、さらに生のおかわりを注文する。
なんて惨めな野郎だ。