テラーノベル
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また来た。 玄関のドアが開く音で顔を上げる。
男が二人。
大きなバッグを抱え、妙に楽しそうな顔で部屋へ上がり込んでくる。
その顔を見ただけで分かった。
配信者だ。
私の家に来る人は、だいたいこんな顔をしている。
怖いもの見たさ、肝試し、再生数稼ぎ。
五年前なら普通の家だった場所も、今では事故物件なんて呼ばれている。
もっとも、その呼び方に文句を言える人はもういない。
男たちは荷物を床へ置く。
カメラ、照明、三脚、マイク。
見慣れた顔触れに小さくため息をついた。
今回は何日だろう。
三日──いや、二日かもしれない。
男たちは部屋を見回すと準備を始めた。
本棚の陰へスマホ。
棚の裏へ小型スピーカー。
ドアノブへ透明な糸。
私はそれを眺めながら苦笑する。
またそれか。
別に驚かない。
これまで何回も見てきた。
しかも手際がいい。
慣れているのが見ていて分かる。
スマホの角度を何度も調整して、映り込みを確認して、糸が見えない位置まで丁寧に合わせていた。
ある意味では職人技かもしれない。
本物の幽霊より、本物らしい幽霊を作るのが上手い。
少しだけ感心してしまう。
感心したくはないけど。
音を鳴らして。
影を作って。
物を動かして。
心霊現象らしい映像を撮る。
本物の幽霊より、人間の方がよほど熱心だ。
準備を終えた男たちは、暗くなるまで時間を潰すつもりらしい。
しばらくして部屋から姿を消した。
静かになった部屋で私は天井近くをふわりと漂う。
窓の外はまだ明るかった。
どうして人間は幽霊と夜をセットにしたがるんだろう。
私は昼でもいる。
夕方でもいる。
朝だっている。
というか、ずっといる。
都合よく夜だけ出勤しているわけじゃない。
「昼間の私は何なんだろ……」
誰にも聞こえない独り言が部屋に落ちる。
結局、怖いのは幽霊じゃなくて雰囲気なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、空は赤く染まり、やがて夜になった。
男たちが戻ってくる。
照明を置き、カメラの角度を調整して、何度も画角を確認する。
ようやく配信が始まるみたいだ。
照明が点くと部屋の中が不自然に明るくなった。
カメラが回り始めた。
男は神妙な顔を作ってレンズを見つめる。
「皆さんこんばんは……本日はガチでヤバい物件に来ています。ここ、オカルト界隈だと結構有名な事故物件なんですよ。五年前に一家殺害事件が起きた家で、ご両親は亡くなっているんですが……」
男は少しだけ声を落とした。
「娘さんだけはいまだに見つかっていません。朝倉澪さんっていうんですけど、生存説もあれば犯人と一緒に逃げた説もあって、今でもネットでいろんな考察が続いているんですよね」
少しだけ目を伏せた。
自分の名前なのに、最近は誰か別の人の名前みたいに聞こえる。
それでも耳は勝手に反応する。
そうじゃない。
私はもう死んでいる。
私は小さく肩をすくめた。
コメント欄が盛り上がる。
そのタイミングでドアが揺れた。
もちろん糸だ。
「えっ……見ました!?」
男が大声を出す。
「今、誰も触ってないですよね!?」
触ってた、思い切り。
続いてラップ音。
もちろんスピーカー。
女のうめき声。
もちろん効果音。
コメント欄がどんどん流れていく。
>怖すぎ。
>鳥肌立った。
>ガチじゃね?
>うわあああ。
私は天井近くから眺める。
みんな楽しそうだ。
事故物件が好きなんだ。
でもその部屋で死んだ人間のことなんて、たぶんどうでもいい。
一度目の配信は無事に終わったらしい。
気付けば深夜。
男たちは缶ビールを開けて笑っていた。
「絶対再生数は伸びる」
「明日退去動画撮ろうぜ!怖すぎて住めませんでしたーって?」
笑い声。
聞き慣れた会話だった。
「この部屋マジで何もないな」
「事故物件としては優秀だけど」
また笑う。
「朝倉澪もとっくに死んでるだろ」
「生きてたら逆に面白いけどな」
また笑い声。
私は黙る。
怒ってはいない。
その段階はずっと前に終わっている。
事件に興味がある人はいる。
事故物件に興味がある人もいる。
でも私に興味を持つ人はいない。
私はどんな人だったのか。
何が好きだったのか。
どんな未来を夢見ていたのか。
そんなことを知りたがる人はいない。
「……ばか」
小さく呟く。
どうせ聞こえない。
だから少しだけいたずらをすることにした。
男が締めの配信を始めたからだ。
「じゃあ今日はここまで!もし明日も生きてたら続きをやりまーす!」
そう言って笑った瞬間。
カタン。
男たちの表情が固まる。
「え?今、椅子が……」
もう一度。
カタン。
「お前やった?」
「やってねえよ」
ピシッ。
部屋の奥で音が鳴る。
二人の顔色が変わった。
ピシッ。
ピシッ。
静かなラップ音。
これは仕込みじゃない、私だ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「嘘だろ!?」
バキッ!
その瞬間、男たちは悲鳴を上げながら機材を抱え、玄関へ飛び出していった。
ドアが勢いよく閉まる。
階段を駆け下りる足音。
そして静寂。
部屋にはまた私だけが残った。
少しだけ気分が良かった。
ふと視線を向ける。
スマホが一台、床に転がっていた。
逃げる時に落としたらしい。
私は近付いて画面を覗き込む。
男たちが何やら叫びながら逃げている映像が配信されている。
コメントは今も流れ続けていた。
>今のガチ?
>演出だろw
>続きまだ?
>やらせ乙
>いや普通にビビった
大勢が見ている。
大勢が好き勝手に話している。
それなのに──誰も私を知らない。
私はスマホから目を逸らした。
「また居なくなった……」
静かな部屋に声だけが落ちる。
窓の外には見慣れた夜景が広がっていた。
五年前から少し変わった街。
五年前から変わらない部屋。
私は小さくため息をつく。
「今度は……」
何度も願ったことだった。
それでも願ってしまう。
「もう少し長くいてくれる人だといいな」
誰にも届かない言葉だけが、静かな部屋に残った。
コメント
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「澪の日常」、読み終えました。 タイトルに「日常」ってあるのに、もうここが彼女の“終わったあと”の場所なんだなって思うと、すごく切なかったです。 配信者たちの仕掛けた“幽霊ごっこ”を、本当にそこにいる澪が眺めてるっていう構図が、何より痛くて。 「みんな楽しそうだ。でも私に興味を持つ人はいない。」 この一文に、全部の寂しさが詰まってる気がしました。 最後の「もう少し長くいてくれる人だといいな」って願い、誰にも届かないのに、それでも願っちゃうところが、本当に人間っぽくて、胸が締め付けられました。 続き、すごく気になります。
#ミステリー