テラーノベル
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玄関の開く音がした。
また誰か来たらしい。
最近は妙に人の出入りが多い。事故物件だと騒がれるようになってから特にだ。
なんとなく玄関へ目を向ける。
若い男女だった。照明やカメラを抱えている。
嫌な予感しかしない。
案の定だった。
「みなさんこんばんはー!」
女がカメラへ向かって大きく手を振る。
「今回は超有名事故物件からお送りします!」
男もうなずく。
「本物が出るって噂なんですよ」
本物ならここにいる。
心の中だけで返事をした。
口に出したところで届かない。
昔は分かっていても話しかけていた。
今はもうしない。
その時だった。
二人の後ろからもう一人が入ってくる。
黒いジャケットに、首には妙に太い金色のネックレス。指には大きな石の付いた指輪をいくつもはめている。右手にも左手にもだ。
革紐には水晶らしきものまでぶら下がっていた。
どう見ても霊媒師というより、開運グッズの通販番組に出ていそうな男だった。
後ろで束ねた長い髪に少し伸びた無精髭。
見た瞬間、胡散臭いと思った。
いや──胡散臭いなんて可愛いものじゃない。
詐欺師っぽい。
それと同時に引っ掛かる。
どこかで見たことがある。
男は部屋へ入るなり立ち止まり、首から下げた水晶を指先で撫でた。
いかにもそれらしい仕草だ。
それからゆっくりと周囲を見回し、深刻そうな顔で口を開く。
「重いですね」
その声で記憶が繋がった。
「あっ……」
思い出した。
生きていた頃、動画サイトで見たことがある。
心霊スポットを巡る動画だ。
幽霊が見える。
気配を感じる。
霊と会話できる。
そんなことを毎回言っていた。
コメント欄では、本物だとか詐欺師だとか、いつも揉めていた気がする。
名前は……思い出した。
「篠崎京介」
思わず口から漏れた。
もちろん誰にも聞こえない。
「あのインチキ霊媒師だ」
昔からそう思っていた。
動画では護符だの浄化グッズだのも紹介していた気がする。コメント欄では霊能力より商品の値段の話で盛り上がっていた。
名前からして胡散臭い。
京介なんて普通なら格好いい名前なのに、霊媒師という肩書きが付くだけで一気に怪しくなる。
絶対芸名だ。
そうじゃないと困る。
女が嬉しそうに紹介する。
「本日のゲストは霊媒師の篠崎京介先生です!」
篠崎は軽く頭を下げた。首元の金色が照明を反射して無駄に眩しい。
「この部屋はかなり危険です」
始まったなと思った。
動画で見た時も同じだった。
まず大きなことを言う。
ラキルミユハミ
607
浪霧(らむ)
381
#ふぉろーしてくれたらもう泣いて喜ぶ
海夏
64
ピデピー
1,156
そこからそれっぽい話を積み上げていく。
「入った瞬間に分かりました」
「分かる訳ないでしょ」
反射みたいに言葉が出る。
「空気が淀んでいます」
篠崎は少しも笑わない。
本気なのか演技なのか分からない顔だった。
「強い念が残っています」
男と女は何度もうなずいている。
そんなに納得できるものなのか。
少しだけ不思議になる。
篠崎はゆっくり押し入れへ顔を向けた。
「特にあちら側から強い気配を感じます」
思わず押し入れの中を見回す。
そこは自分がいる場所だった。
事故物件の押し入れなんて誰だって指差す。
たまたまだ。
そう思うことにした。
篠崎は窓へ視線を向けた。
「方角もよくありません」
やっぱり適当だ。
少し笑いそうになる。
その直後だった。
「上にも反応があります」
笑いかけたまま止まる。
ついさっきまでいた辺りだった。
偶然──そうに決まっている。
上だと言っているだけで、そこにいたとは言ってない。
それでも頭のどこかに小さな棘が残った。
「では除霊を行います」
篠崎が鞄を開く。
少しだけ身を乗り出した。
本物なら面白い。
偽物ならもっと面白い。
取り出した小袋を見て、思わず口元を押さえる。
「味塩だ」
見間違えようがなかった。
さっきまで頭の隅に残っていた引っ掛かりが一気に萎む。
押し入れのことも。
天井のことも。
全部考えすぎだ。
だってこの男、味塩で除霊しようとしている。
しかも金ぴかの指輪だらけの手で。
「悪しき因果よ去れ」
真剣な声だった。
その声と味塩がどうしても結び付かない。
塩が撒かれた瞬間、大袈裟に胸を押さえた。
「ぐっ……!」
ふらふらと後ずさる。
「な、なにこれ……身体が……!」
壁に手を突いて苦しそうに顔を歪める。
そのまま倒れ込み、震える真似までした。
数秒続けてから、ぷっと吹き出す。
「そんなわけないじゃん!」
幽霊が味塩でやられてたまるか。
自分でやっておきながら馬鹿らしくなる。
「去らないでしょ」
笑いを堪えながら呟く。
篠崎は気にした様子もなく続けた。
見えていないのだから当然だ。
もし、聞こえていたとしても反応しないような気もした。
十分ほどして除霊は終わった。
もちろん何も変わらない。
篠崎は大きく息を吐いた。
「かなり強力な悪霊ですね」
「失礼だな」
「長期間ここへ縛られています」
思わず胸に手を当てた。
もちろん何も触れない。
けれど、胸の奥から伸びる白いもやのような紐のことを思い出す。
笑い飛ばそうとしても少し引っ掛かる。
「正直、私の手には負えません」
それを聞いた二人は顔を見合わせていた。
やがて照明が消える。機材が片付けられる。
ようやく帰る。
そう思った。
靴を履いた篠崎が不意に立ち止まる。
振り返りもしない。
部屋を見もしない。
それなのに。
「あんたを縛っているのは事件じゃない」
息が詰まった。
篠崎はそのまま出て行く。
待って──
反射的に篠崎の後を追う。
だけど、胸の奥から伸びる何本もの白い紐のせいで、この家から離れることができない。
白い紐がこの家と私をつないでいる。いや──縛られている。
胸の奥から伸びる白い紐は、見えない鎖みたいだった。
どれだけ先へ行こうとしても引き戻される。
扉が閉まる。
静かな部屋が戻ってくる。
押し入れ。
天井。
そして最後の一言。
頭の中で勝手に繋がっていく。
違う。
偶然だ。
そう思ったのに、また最初から考えている。
「見えてた……の?」
白い紐は力では切れない。
だけど──事件が解決すれば──自分の遺体が見つかればきっと切れる。
そう信じていた。
だから待っていた。
ずっと。
なのに──
「あんたを縛っているのは事件じゃない」
その言葉だけが残る。
もし違うのだとしたら、わたしは何を待っているんだろう。
誰もいない部屋で何年もずっと。
コメント
1件
うわ……第2話、めっちゃ良かったです🥀 主人公の「幽霊側から見た視点」って新鮮で、押し入れに隠れてる側の心の声が面白すぎる。「味塩で除霊ってwww」って思わず笑っちゃいました。でも最後の「あんたを縛っているのは事件じゃない」って篠崎の言葉、一気に空気変わりましたよね……。あの胡散臭い人が核心を突いてくる感じ、ゾクッとしました。 続き、絶対気になります🌙