あれから数ヵ月が経ち、マナは無事に大学を卒業した。あれからマナが俺のところに来ることは1度もなかった。でも、電話やメールのやり取りはしていたので、マナが荻野さんにどれだけ愛され大事にされているのは聞かされて知っていた。それにマナは聞いてもいないのにどこに遊びに出掛けたり、有名レストランで食事をしたり、何を買ってもらったと、うんざりするくらい逐一報告をしてきた。でも嫌ではなかった。マナが幸せなのが何より嬉しかったから。そして来月の6月には結婚式がある。準備は順調に進んでいるらしい。今日は5月29日。マナの誕生日だ。荻野さんのマンションで誕生日パーティーが開かれることになっており、俺とゆずきは待ち合わせをして一緒に向かった。家の中に入るとテーブルの上には数十種類の料理が並べられていた。マジで旨そうだった。荻野さんの父親が経営するホテルのフレンチレストランのシェフがこの日のためにわざわざ来て料理を作っていってくれたらしい。また、パーティーに呼ばれたメンバーはマナと荻野さんの本当に親しい友人だけで人数は8名程だった。
「皆さん、今日はお忙しいところ、お集まり頂きまして誠にありがとうごさいます。それでは只今より、五十嵐マナの誕生日パーティーを始めさせて頂きます」
荻野さんの始まりの挨拶の直後、パティシエが台車に乗せたバースデーケーキを運んできた。既にローソクには火が灯されいて誕生日のケーキとは思えない豪華さだった。
「フゥ~フゥ~~」
「ハッピバースデートゥーユーハッピバースデートゥーユーハッピバースデーディアーマナ~~ハッピバースデートゥーユー」
マナがローソクの火を消したのを合図にみんなで合唱した。それから参加者が順番でプレゼントを渡していった。ゆずきはプリザーブドフラワー、俺は半年前にマナとデパートに出掛けた時に内緒で買っていた○○○。マナが前から欲しいと言っていたものだった。ただ1つ心配なのは荻野さんとプレゼントがカブってしまっていないかだった。だから俺より先に荻野さんがプレゼントを渡してくれないと困る。でも、荻野さんはマナの夫になる人だから最後に渡すことになっている。とりあえず俺は腹が痛くなったと言ってしばらくの間トイレに籠もることにした。そして10分が経った頃、何食わぬ顔でみんなの元に戻った。
「荻野さんのプレゼント何だった?」
俺は隣にいるゆずきに耳打ちして聞いてみた。
「○○○だったけど――それよりお腹大丈夫?」
「だっ、大丈夫だよ」
まさかとは思ったけど、そのまさかだった。どうする? っていうか、渡せる訳がない。
「圭ちゃん、プレゼントを渡す大事な時間にどこ行ってたの?」
「わりい、腹が痛くなってトイレに行ってた」
「大丈夫?」
「あぁ、だいぶ落ち着いたみたいだ」
「それならいいんだけど――。それより圭ちゃんは、プレゼント何くれるの?」
「プッ、プレゼント――ごっ、ごめん。家に忘れてきたみたいなんだ。あとで渡すから」
「ふ~ん。うん、わかった」
念のためにもう1つ用意しておいてよかった。
「圭太、プレゼント持ってきてなかったっけ?」
「荻野さんとカブってたんだよ。さすがに渡せないだろ」
「確かに――」
マナの手首を見ると、荻野さんからもらった腕時計がはめられていた。とても嬉しそうな表情を浮かべて、それに触れていた。本当は俺が渡すはずだったもの――。