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隼斗篇
そう云えば島では密かに猫を喰う村人が住む地域が二箇所あると祖父に聞いた。
中部の或る村では癌の薬だと妄信し北部の或る小さな集落では猫食の流民が其所に住み着いたのだと伝われている。
癌が癒ると信じ込むのは老人で素因は猫肉が冷蔵庫の中で青白く煌煌と輝いて視えるからだそうだ。
その話を聞いた時僕は俄想像して背筋も凍る思いだったが、冷静に考えるとそれは黄燐で生体物質が腐敗し空気に触れ酸化して発する燐光が生じたものだと推察できた。
琉球列島で仏教の火葬が推進される20世紀の後半まで引継がれていた葬制は風葬で後世に旅立つ準備として洗骨や改葬があった。現在も離島では土葬が残っている所もあるが法的には禁じ得てはいないので火葬場のない事情も鑑み行政は黙認している。
そして第三次世界大戦に於いても地上戦があったこの島には幾多の戦没者が墓に入る事も叶わず在猶土中に封じ込まれている。
時折その遺骨は台風に流れた泥水から表出し、幼い子どもだった僕は頭蓋骨や大腿骨の骨を拾ってかんかんと打楽器にして遊んでいた。
後に大人に見つかって豪く叱られたがそれらの骨は人体で最も風化し難いから遺るのだ と洗骨に精通しい曾祖母が話してくれた。
雨晒しになった肩甲骨や寛骨などを見つけた時は触ると脆くぼろぼろと崩れ手にすることも出来なかった。
こんな出来事が日常の其処彼処に起こる島では昔から幽霊を見る者も多い。
科学的に否定するなら土葬や風葬で腐蝕した屍体が黄燐を放出し空気中で酸化して発する燐光が青白い人影に見えたのだ。化学的に肯定するなら同じ理由で幽霊を見ることもあろうかと考える。肉眼で確認したと言うなら彼らは確かに蛍光塗料のそれと同じ発光現象を視たのかも知れない。
「さすればここは島ごと全部ぐるっと廻れるでっかい幽霊屋敷だな」 そう呟いて我に返る。
平素から面倒な葛藤の生じるこの脳味噌が悪いのか、またしても湧き起こる不謹慎な連想が遣る瀬ない。何彼につけ連想し考えるのが僕の悪癖だ。
「祖母に聞かれたら不謹慎とまた怒られるな、黙ってよう。ぶるっ、寒っ」
叱られた時のあの強い祖母を思い出して身震いしたのかクーラーが効き過ぎて寒かったのか、あれこれ思い悩んで独りで狼狽える。そしていつの間にか僕はとっくに店内に在てカップ麺の陳列棚をぼうっと眺めていた。
「明日の分も買っておこう」
拉麺を適当に幾つか選びコーラ瓶と握り飯を一つずつ手に摘んで僕はレジへと進んだ。
「いらっしゃいませ。お、今日も歯舞昆布ですね。いい塩梅で旨いんですよね」
細身で大和人特有の苗字をした名札の店長が僕のお握りの好みを把握する程どうやら僕は此所に通い詰めている。
「カフェオレひとつ追加ね」
話しかけられるとつい調子にのる。持合せは八弗しかないのに、
「はい、ありがとうございます。ラージサイズでよろしいですか」
少しにやりと見えた含み笑いに、商売上手な店長に巧く乗せられた事を僕は悟る。先にコーラ買ったのに、
「いえ、一番小さいのをください」僕も簡単には引きさがらない。
「承知しました。珈琲豆此れから珈琲焙煎機に入れるので少しお時間頂きます」
店長は申し訳なさそうに会釈して背を向けた。ふと視ると頸筋に13桁の数字が刺青で彫られていた。
狠国政府が島に住む日本人に実施したもので、人種を分別する目的と島外へ逃がさない為の刻印だった。この島ではすべての日本人は檻にこそ幽閉されなかったが狠国に捕虜として監視されている。人間に番号をふるのは何時まで経っても慣れることはなかった。戦前と変わらない日常を取り戻した筈が、彼と僕とでは大きな違いがあった。店長は日本人捕虜で首に番号がある。僕はこの島で生まれた琉球人と分類され番号は・・・12桁ある。
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